国際モータージャーナリスト「ライオンのひと吠え」

日産・フィガロ

今から30年ほど前、英国にわたって人気者になった日本の小型車があるのをご存知だろうか。

欧米のクルマ作りを激変させた日本の名車にスポットをあてた前回に続き、今週は、記憶から薄れそうな日産フィガロ、ホンダ・ビート、トヨタWiLL Vi、三菱FTO、そしてスズキ・カプチーノの意外な話をしよう。FTOは、1994年に日本カー・オブ・ザ・イヤー賞を獲得している。

「老けない」デザイン


作曲家モーツァルトの没後200年を記念する1991年2月14日のバレンタインデーに、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」からネーミングをとった、日産フィガロが発表された。シトロエン2CV、ミニやフィアット500など、欧州の丸っこいアール・デコにインスパイアされたとニューヨークタイムズ新聞が伝えたこの車は、マーチのプラットフォームと1リッターターボのエンジンを採用している。

「テディベアより可愛くて抱っこしたいくらい」という英国人女性のオーナーもいるし、「この時代にできた日本車のデザインは最もスタイリッシュで愛されるし、老けない」という同僚もいる。

「98年のVWビートル、または2000年のクライスラーのPTクルーザーがレトロカーのブームの再来だと思っていたら、大違い。日産はフィガロなどでその10年ほど前に、すでに独自の世界を作っていた」と、英国オートカー誌は伝えている。フェラーリ好きで伝説的なギタリストのエリック・クラップトンでさえ、フィガロを所有している。

本田宗一郎が許可した最後の1台



ホンダ ビート

ホンダ・ビートも1991年にデビューした。この2人乗りは、日本のカーメーカーから生まれた最小のクーペの1つだった。8500回転まで回る660ccのミッドシップ・エンジンは小さいながらも、かなりスポーティだった。ちなみに、ビートはホンダ技研の創立者、本田宗一郎が許可した最後の1台だったと言う。実はこのオープンカーのデザインは、イタリアの巨匠ピニンファリーナによるものだったので、発表された当時は人気者で3万台以上売れた。

「ビートが大好き。お弁当と同じサイズの軽エンジンがリアに搭載されているのは、まるでフェラーリみたい。身長195cmの僕がこの超小型クーペの運転席にちゃんと座れるのは、さすが折り紙の国日本が考える技だ。このトラの革のデザインを入れたシートやタコメーターと速度計のデザインも素晴らしい」と、英国人で世界一有名なモーター・ジャーナリストのジェレミー・クラークソンは語る。

文=ピーター・ライオン

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