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そもそも銅像にもなったエドワード・コルストンとはどんな人物なのだろうか。篤志家であった彼は、学校、病院、救貧院、教会などを支援し、多くの慈善団体に莫大な富を寄付したことで、ブリストルの街の発展に大きく貢献した。彼の名は「Colston Hall」「Colston St.」「Colston’s School」など今でも街の文化に深く溶け込んでいる。

しかし彼の篤志家としての顔は、奴隷貿易商人としてのもう一つの顔に支えられていた。エドワード・コルストンが幹部を務めた王立アフリカ会社は、1672年から1689年のあいだに西アフリカからカリブ海とアメリカ大陸に10万人以上の奴隷を送ったと言われている。現代の視点からみれば、彼がブリストルへと寄付した莫大な富は人種差別によって築かれていたのだ。

エドワード・コルストン像はこのように鑑賞者の立場によってかなり異なる歴史を想起させ、全ての人々に共通の公共的価値を示しているとは言い難い。

ブリストルのマーヴィン・リース市長は声明で、銅像の撤去について賛否が分かれるのは承知しているとした上で「この銅像をみて人道への侮辱だと感じた人たちの声を聞くのは大事なことだ」と述べた。

ブリストルのM Shed博物館によれば、今後エドワード・コルストン像は抗議者たちによって描かれた落書きを残したまま博物館で展示される予定だ。

「今朝、港からエドワード・コルストン像が引き上げられました。数日間しか水に浸かっていなかったにもかかわらず、内部は泥だらけになっていました。それはこの銅像が港へと投げ込まれた証拠です。ホースとブラシを使って、半日かけて中の泥を落としましたが、銅像に描かれた落書きが落ちてしまうといけないので、それを洗い流してしまわないように細心の注意を払いました。落書きされた銅像は象徴性を帯び、その意味は私たちにとって重要な物語となるでしょう」

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港から引き上げられるエドワード・コルストン像(Getty Images)

仮にエドワード・コルストンの像が撤去されるのが妥当だとしても、今回の事件のように民主的なプロセスを経ずに銅像を引き倒し、港に投げ込むことは果たして許されることなのであろうか。

イギリスのプリティ・パテル内務大臣は、像が倒されたことは「全く恥ずべき」ことだと述べ、衛星放送テレビ局スカイニューズに「これは治安紊乱行為の証拠であり、人々が抗議している実際の問題から目をそらさせるものとなっている」「全く容認できない行為で、器物損壊の証拠となる」と批判した。

文=渡邊雄介

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