突破口はひとつ。取材班は「下町ロケット」方式で動き始めた|#供述弱者を知る


どんな取材でも、取材している当事者にはバイアスがかかりやすい。冤罪に間違いない、という思い込みで突っ走るのは危険だ。まだ、本人に直接取材したわけでもなければ、彼女が虚偽自白したプロセスを詳細に解明できたわけでもない。

現場記者のバイアスで痛い目に遭う経験はどのメディアにもあり、よく知られるのは、社長の引責辞任につながった朝日新聞の吉田調書をめぐる誤報問題だろう。調書をスクープした記者らが、紙面化の途中で見出しの方向性など、各所からさまざまな疑問が示されたにもかかわらず耳を貸さず、誤報に至ったプロセスは、現場の「確信」が強烈なバイアスになり、記事の公正さを失った最悪のパターンだったともいえる。人ごとではない。そのリスクは、深掘りする取材には常につきまとう。

疑問があれば必ず言うように、という私の言葉に対し、3人の中で最後に加わった井本記者は「かなり緊張した」という。県警を担当している以上、矢面に立たされるのは彼だからだ。

その時の心境を井本記者は後にこう語った。

「あの時点では、2人とも冤罪を確信しているように見えたので、自分も手紙や裁判資料をしっかり読み込んで、自分なりにきちんとモノが言えるようにしなければ、と思いました。ただ、ああ言ってもらったことで、おかしい、と感じたら、そう言えば、冷静に議論ができる環境だとわかったので、安心もしました」


現場の「確信」というバイアスが誤報に繋がる懸念がある。慎重に取材の積み重ねが必要だ (Shutterstock)

堅苦しい会議や面倒な取り決めは、一切なし


3人の打ち合わせが終わった後、私は社会部時代の後輩でもある支局の広瀬和実デスク (49) に話しかけた。

秦 「とりあえず、3人で進めることになりそうだわ。ちょくちょく大津に顔出すんで、よろしくね」

広瀬「冤罪っぽい印象ですか」

秦 「まだ、冤罪に間違いないとまでは言えないけど、可能性としては、かなりあるかもね」

広瀬「いつ、原稿になりそうですか」

秦 「まったく見当もつかない。慌てる必要もないしね。ところで、支局はかなり忙しいの?」

広瀬「まあ、なんやかんやとありますが、2人とも取材も原稿もしっかりしているんで、大丈夫ですよ」

秦 「原稿になったら、必ず目を通してもらうから、よろしく頼む。どんな細かいことでも気づいたら、遠慮なく言ってくれよな。ニュートラルな目で原稿を読んでくれる人がいる方が、ありがたい」

広瀬「了解しました。その日が来ると良いですね」

秦 「そうだな。夕刊が終わったら、みんなで飯でも行こう」

広瀬「いつも行く支局の近くの喫茶店でどうですか」

これで広瀬デスクとの申し合わせは完了した、ということになる。

同時に支局長とは、実はこの時、もうすでに話しがついていた。

当時の大津は「鉄砲撃ちの中山さん」として知られる狩猟が趣味の中山道雄支局長で、社会部時代の先輩デスク。この日は、打ち合わせ中に支局に一度顔を見せ、3人で打ち合わせしている私の顔を見るなり「おう、久しぶり、今日は何やった?」と声をかけてくれた。私が「ニュースを問う、の打ち合わせですわ」と答えると、「おお、そうかい。まあ、若い奴らを上手に指導してやってくれや」と言い残して再び、外出していった。

このやりとりが事実上の支局長の「承認」。下町ロケット方式は、堅苦しい会議をしたり、組織の機関決定をしたり、面倒な取り決めをしたり、などは一切ない。たとえ最初からゴールが見えなくても、あうんの呼吸で、ことが進んでいく。それがまた、いいところでもある。

次のミッションは、日を改め、いよいよ彦根市に出向いての、西山さんのご両親との対面だった。


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文=秦融

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