経済・社会

2020.06.21 12:30

突破口はひとつ。取材班は「下町ロケット」方式で動き始めた|#供述弱者を知る

「私は殺ろしていません」。両親に獄中から、切々と訴え続ける西山美香さん(40)の手紙の抜粋メモを読んだ私は、あまりの衝撃に息をのんだ。真実の声だと確信させる圧倒的なインパクトに、経験したことがない動揺を感じてもいた。

前回の記事:拙くて幼い。だが、獄中からの手紙はまぎれもない「真実の声」だった

紙面化の「壁」の突破方法


この半年後の2017年5月、幸運にも紙面化にたどりつくことができたが、正直なところ、メモを読んだ時点では、紙面化の見通しなど、まったく見当がつかなかった。裁判で有罪宣告を7度も受けているケースで冤罪を訴えるには、それ相応の取材・編集技術が求められる。もちろん、本物の冤罪を目の前にしながら、プロの編集者として白旗を揚げるわけにはいかない。しかし、それがおまえにできるのか、と自問自答し、すぐには答えが出せなかった。

紙面化には、無実の訴えが真実だと説得できる強力な〝何か〟が必要で、手紙がその一つに相当するとは言える。しかし、それだけで有罪判決7回の分厚い壁を突破できるかと言えば、十分ではない。筆者が冤罪を確信することと、広く読者に納得させることとには、大きな隔たりがある。西山さんを殺人犯に仕立てた司法の〝虚構〟の真実に対抗する論証をどう構築できるのか。突破口はひとつ。彼女の自白が「虚偽」である可能性を、どう立証するか、だった。

真っ先にやるべきことを思い描いた。とりあえず、思いついたのは以下の3つだった。

(1)大津支局で取材班を立ち上げる
(2)両親を訪ねてすべての手紙を借り、それをデジタル化する
(3)弁護団長の協力を取り付ける

そこまで考えて、ふと不安がよぎった。

このメモの主、角記者は、どこまで冤罪を確信しているのだろうか。二カ月前の大津支局での打ち合わせで「冤罪だと思います」程度のことは聞いていたが、どこまで確信しているのか、念を押してはいなかった。乗り出す以上、原動力になる「冤罪の確信」は欠かせない。

午前零時を過ぎていたが、まずは、感想と彼の真意を確認するメールを送ろうと思い、キーボードをたたき始めたが、すぐにその手を止めた。冷静さを欠いた状況でメッセージを発信するのは好ましくない。やはり、返信は明日にしよう。そう考え直し、パソコンを閉じた。

一晩寝た翌朝、あらためて手紙の抜粋を読み直した。無実の印象は変わらなかった。返信のメールは、勢い込んでいると思われないよう、また、私の「冤罪の確信」に影響を受けないよう、気を配った。パソコンの送信フォルダーには、2017年12月1日午前8時59分に発信した記録が残っている。
× × ×

角 さま おつかれさま! なかなかヘビーですな。よく取材し、丹念に拾い上げたものだと感服します。で、一つ確認ですが、角記者の感触として、率直に言って、彼女の言葉は信じうるものとしてとらえているのか、それとも手紙の文面そのものが虚言癖の表れではないかとも疑っているのか、どうでしょうか? 私は、前者と受け取っていますが… 秦

× × ×

しばらく待っても返事が来なかったので、午後、電話で確認した。率直な私の問いに、彼は「もちろん、冤罪と思っています」と明言した。私も「本物だと思う」と、ありのままの感想を話し、再び大津に行く旨を伝えた。立ち上げのミッション1. 取材体制の構築を進めるためだった。
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文=秦融

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