この映画でもっとも切ないのは、ダウン症であるマルコがものすごく愛しいこと、そしてルディやポールのマルコに対する愛は性別とは関係ないのに、偏見や映画の舞台である1970年代アメリカの法律に勝てないところにあったのだ。
そこから「マルコを象徴するもの」「ふたりがマルコを思い出すもの」をタイトルにしようと皆で知恵を出し合った。
マルコが好きなものはハッピーエンドのおとぎ話、ドーナツ、ディスコダンス、人形のアシュリー……。「ハッピーエンド」というタイトル案もあったが、いくらなんでもシニカルすぎる。
「マルコが好きなドーナツってなんだっけ?」。私たちはもはや、友達について話をしているようなレベルで、登場人物たちの話をするようになっていた。「チョコレートじゃない?」「チョコレートドーナツ?!」「苦みがあって、真ん中が空いていて……」。そうだ、なんてこの映画にぴったりなのだろう。
かくして「Any Day Now」は「チョコレートドーナツ」になったのだった。
映画を観た人にとっては「Any Day Now」こそベストなタイトルだという意見があるのは当然だと思う。「いつか、いやいますぐにでも」、不当な状況は変わるべきだからだ。いまのアメリカの状況を見ていても「Any Day Now」と言う言葉と「I Shall Be Released」から伝わるものは大きい。
しかし、この映画を観た人の何割かは、しばらくはチョコレートドーナツを見るとマルコを思い出したのではないか思う。ルディとポールがそうであったように。タイトルから映画を追体験させる、稀有な邦題になったのではないかといまは考えている。
『その手に触れるまで』ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館にて公開中(C)Les Films Du Fleuve - Archipel 35 - France 2 Cinéma - Proximus - RTBF
邦題の付け方は千差万別だが、原題では日本の観客には内容を想起させないものは多い。私たち配給会社はさまざまな手段を講じてそれらを噛み砕き、愛情を持って作品を象徴する邦題をつけたいと、日々試行錯誤している。
映画ファンからは、邦題に対して「噛み砕き過ぎ!」「内容を語り過ぎ!」「ミスリードし過ぎ!」というお叱りの言葉を頂くことも多い。ごもっともだと思う。それでも、やっぱり入り口は平易にしたいし、より多くの方に映画を観賞いただきたい。そんな気持ちで邦題を付けてきた。
そんな努力の結果が実を結んで、この自粛期間中に配信サービスで映画を観てくださった人が増えたのではないかと信じている。
映画館も徐々に営業を再開し、先に挙げたダルデンヌ兄弟の最新作『その手に触れるまで』も劇場公開が始まった。原題「Le Jeune Ahmed(若きアメッド)」がなぜこの邦題になったのかに想いをはせながら観ていただけると、また別の楽しみ方ができるのではないかと思っている。
みなさんが、万全の対策をもって、映画館にもおいでくださるように祈っている。
連載:独立系配給会社と観る「映画のいま」
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