世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

黄金の頂きという名を持つ「クレドール」──それは日本人として世界に誇れるジャパンブランドだ。今回スポットライトをあてたのは、時計製作の超絶技巧と、それに全力を注ぐ名工たちの姿。志操堅固のハイブランドとして確かな地位を築き上げるに至った、その足跡をクローズアップする。


悔しさをバネにして奮起し、時計界を揺るがす


日本アルプスの山々をはるかに臨む長野県塩尻市には、セイコーエプソンの「マイクロアーティスト工房」がある。高度なメカニズムを持った本格腕時計のためのムーブメントや外装の設計、磨きや組み立てのエキスパートが集まるこの工房は、日本における時計製作の現場としては他に類を見ない存在だ。

マイクロアーティスト工房誕生のきっかけとなった出来事が起きたのは、1990年代末。セイコーエプソン社長、安川英昭氏(当時。故人)の腕時計を社内で修理しようとしたが、できなかったのだ。それはスイス製の極薄型手巻き式腕時計だった。

セイコーが世界初のクオーツ腕時計を発表し、その普及に力を注いだ一方で、かつて磨いた機械式腕時計づくりのノウハウは失われつつあった。設備も人も、残っていなかったのだ。社員たちは歯をきしませた。

こうした状況に危機感を持った社員の1人、塩原研治氏が訴え出ると、安川氏の裁断はすぐに下った。技術の継承・発掘と人材の育成、技能の向上を目的とした新たな組織の立ち上げである。

2000年、マイクロアーティスト工房は設立されたが、当初の所属は技能五輪世界大会での金メダリスト、塩原氏(後に黄綬褒章を受章)だけ。まずは過去の製品を研究し、OBを訪ねて図面を集めるなどして、少数精鋭の工房を組織していったという。


1993年にセイコーエプソンに入社した茂木正俊氏は、スプリングドライブの開発、ソヌリやリピーターの設計を手がけた。

今回、興味深い話を語ってくれたのは、マイクロアーティスト工房に所属し、数々の名機を手がけてきたムーブメント設計者、茂木正俊氏だ。セイコーウオッチ 企画開発本部(前マーケティング統括本部)副本部長の萩原康則氏が聞き手となって、技能者たちの切磋琢磨に迫った。

萩原「茂木さんがマイクロアーティスト工房所属になったのは2003年。工房の方向性や思想が明確になったのは、ちょうどこの頃でしたね。そして2004年にファーストコレクション、クレドール スプリングドライブ スケルトン彫金モデルが3型発表されましたが、即完売です。超絶技巧開花の序章でした」

スプリングドライブとは、セイコー独自の駆動機構。ゼンマイを動力源としながら水晶振動子によって高い精度を生み出す、いわばハイブリッドのムーブメントだ。茂木はこのスプリングドライブ開発者のひとりである。


部品の稜角を削って面取りした部分に、手作業で磨きをかける。道具はリンドウの一種、ゲンチアナ(スイスではジャンシャンと呼ばれる)の茎を乾燥させたもの。フィリップ・デュフォー氏のアドバイスでこれを使うようになった。

茂木「マイクロアーティスト工房のメンバーは、スイスの独立時計師、フィリップ・デュフォー氏の作品を見て感銘を受けました。極小の歯車に至るまで、部品の面取りや磨きが驚くほど入念に行われていたんです。装飾も細やかにほどこされており、クオーツムーブメントとはまったく考え方が違うと思いました」

そこで来日したデュフォー氏を訪ねてアドバイスを仰ぎ、磨きや仕上げの研鑽を重ねた成果が、初代スケルトン彫金モデルだった。

さらに時計界が瞠目したのは、2006年発表の「クレドール スプリングドライブ ソヌリ」だ。ソヌリとは音を鳴らす機構で、一般的なものの場合、内部に組み込まれたゴングを極小のハンマーが叩き、毎正時を音で知らせる。このモデルは組み込まれたムーブメントの部品総数が630個、価格は1,500万円(当時)。かつて機械式腕時計の修理に泣いた会社が、たった6年でソヌリを作るレベルに到達した事実に、誰もが驚愕したのである(本項のトップ画像を参照されたい)。


仏具メーカーに製作を依頼したお鈴がゴングの役割を果たし、涼やかな音を響かせる。ピンセットでつまみ上げられているのはハンマー。

萩原「2006年にソヌリが発表されると、販売店の電話が鳴り止まないほどの大変な反響があったことが忘れられません。よいものは値段が高くても売れる、と確信した出来事でした。マイクロアーティスト工房の理念、つまり高度な職人技の継承と、コンプリケーションの追求に、日本らしさの表現という新しいチャレンジが加わったのはこの頃ですね」

茂木「スイスの伝統的な時計づくりには敬意を払っていますが、それにならうだけで終わるわけにはいきません。だからソヌリには、ゴングの代わりにお寺の梵鐘をイメージしたお鈴(りん)を組み込みました。最初は社内でお鈴を自作したのですが、思った通りに響かない。そこで富山県で仏具を作る藤巻製作所に協力を要請し、余韻が揺らぐように響く日本ならではの音を実現させました」


「時を鐘の音で知らせる」音を聴く

とはいえノウハウなしの状態から着手した初めての超複雑時計だったので、海外の専門書を読み込むことからのスタート。他社製品を購入して研究するわけにもいかず、ひたすらトライ&エラーを繰り返した。音のリズムを一定に保つ部品に無音ガバナーを採用するなど、独自の工夫も盛り込んだ。こうしたことで、スイス製ソヌリとは違った魅力が備わったという。

日本らしさにこだわることで、スイス製にはない魅力が鮮明に


萩原「ソヌリの成功で、さあ次は何を作る? といった、いいムードになりましたよね。そこで次回作も、音を奏でるリピーターウォッチとなりました。構造はソヌリ同様に超複雑ですが、ハードルを上げてきた理由は?」

リピーターとは、時計愛好家たちの憧れのコンプリケーションだ。ボタンを押すことでふたつのハンマーがふたつのゴングを打ち鳴らし、その音色で現在時刻を知らせる。


リピーターのムーブメントを組み立てる作業。一気に組み上げて完成、ではなく、分解して調整、また組み立てて分解、を地道に繰り返す。

茂木「超複雑時計への挑戦のきっかけは、実はリピーターでした。1999年、スイス時計学会に出張したとき、現地で見かけた時計が気になって、帰国後にそれがリピーターだったと知ったんです。そしていつの日かスプリングドライブにリピーターを搭載しようと、ずっと夢見ていたわけです」

こうして「クレドール スプリングドライブ ミニッツリピーター」にも日本らしい美意識へのこだわりが取り入れられた。ゴング製作に力を貸したのは、明珍火箸で知られる鍛冶師、明珍宗理(みょうちん むねみち)氏。平安時代から続く伝統技法で明珍氏が鍛造した鉄を譲り受けて、ゴングを製作。さらにセイコーエプソンのテクノロジーで周波数、音量、余韻を分析し、最適のバランスで響く音を追求したという。


リピーターの組立をになう中田克美氏は「信州の名工」「卓越した技能者(現代の名工)」「黄綬褒章」の受賞者でもある。



「2つの音色の組み合わせで時分を告げる」音を聴く

茂木
「リピーターの組立は驚くほど繊細で、ネジの締め方ひとつで音が変わってしまい、苦労の連続でした。いい音を出すためにエプソンのプリンター設計チームに意見を聞き、筐体の構造に取り込まれた技術を参考にしたこともありました」

萩原「それで2007年に着手して、2011年までかかってしまったんですね。並行で開発していた時計、クレドール スプリングドライブ 叡智の発表の方が先になりました。叡智は一見ごくシンプルですが、かなり複雑なケーシングで、目の肥えた上級者をうならせる出来映えがさすがでした」

茂木「これまで培ってきた仕上げの技を駆使して、親から子へ、子から孫へと世代を越えて受け継がれる時計を作ろうとしたんです。昭和の高度経済成長期に、人々の憧れを一身に集めた機械式腕時計、セイコー ロードマーベルへのオマージュでもありました。文字盤の素材は日本製のまっ白な磁器です。冬の塩尻にふりつもる雪のイメージですね」


初代「叡智」の後継機「叡智Ⅱ」にも採用された白磁の文字盤。透明感のあるガラス質の肌合いと、ブルースティールの針、瑠璃色のインデックスとも対比が美しい。

洗練の極みともいえる「クレドール スプリングドライブ 叡智」のエレガンスは、2008年の発表と同時に大きな反響を呼んだ。しかし、たった5年で廃番に追い込まれた。

製造中止の憂き目から一転して、新たなレベルに駆け上る


「叡智」の文字盤は、高温の窯で焼成した艶やかな白磁であり、愛知県の高級磁器メーカー、ノリタケにオーダーしていた。しかしさまざまな事情からノリタケが製造できなくなり、このモデルは幻の名機となってしまった。それでも、復活を望む声がやまない。マイクロアーティスト工房の俊英たちもあきらめない。


磁器の生地にCREDORのロゴとインデックスを絵つけする作業。ブルースティールの針に合う「瑠璃」の絵の具は独自に調色したもの。化粧筆の老舗、白鳳堂の面相筆で描き上げる。

技能者のひとりが3年間ノリタケのチャイナペインティング教室に通い、絵つけの技を習得。陶芸教室の窯を借りて試作品を焼くなど苦労を重ねつつ人脈を広げ、文字盤の生地となるセラミックプレートも長野県で製造することができた。こうしてマイクロアーティスト工房では磁器製文字盤の自作に至る。そして2014年、初代モデルをさらにシンプリファイして洗練させた後継機「クレドール スプリングドライブ 叡智Ⅱ」がついにヴェールを脱いだ。

茂木「徹底的にシンプルな時計です。スプリングドライブらしいパワーリザーブ表示は、背面にまわしました。文字盤にはCREDORのクレストマークさえありません。2018年には叡智の誕生10周年を記念して、ピンクゴールドモデルもラインナップに加えました」

萩原「スイスの時計づくりは国家的産業ですから、ケースや文字盤、針などを作る工房が無数にあって、大手でもそうした工房に外注します。日本では、産業としては規模が小さい。むしろこれを強みとして、すべて自社でやり抜いたのですね」


萩原氏が眺めているのは「叡智Ⅱ」の背面。ゼンマイを納めた香箱には図案化されたキキョウの透かしがあしらわれている。念入りに手をかけた筋目仕上げの部品が美しい。

茂木「叡智Ⅱで細部にまでやり抜いた、とことんやりきった、という気持ちは正直あります。でも、改良に改良を重ねていくことの大切さも身をもって知っていますから、終わりはないですね」

萩原「スイスは歴史的な時計製作の本場で、我々は後発です。だからこそ、背中を追っているだけではいつまでたっても乗り越えられないんですね。日本の美を表現するという立脚点を明確にしなければ、ここまで人々の心を揺さぶる時計はできなかったでしょう」


茂木正俊氏(左)と萩原康則氏(右)。セイコーエプソン塩尻事業所「信州 時の匠工房」でインタビューは行われた。

今や「叡智Ⅱ」は海外にも購入者が多くいる。日本が到達した超絶技巧という世界観がSNSでシェアされ、時計愛好家の間で高い人気を呼んだのだ。手技の限界に挑戦する、セイコーエプソンのマイクロアーティスト工房。ラグジュアリービジネスのひとつの成功例を、ここに読み取ることができる。この工房が次にどんな驚きを与えてくれるのか、これからも目が離せない。



クレドール スプリングドライブ ソヌリ GBLQ998
涼やかな音を響かせるソヌリ。毎正時に音を鳴らすモード、12時・3時・6時・9時に音を鳴らすモード、サイレントモードの切替え機構を搭載。

手巻きスプリングドライブ。18KPG。ソヌリ機構(毎正時の鐘打ち、3時間毎の鐘打ち、サイレントの切替え機構を搭載)。クロコダイルストラップ。ケース径43.2mm。18,000,000円(税別)。
詳しくはこちら。


クレドール スプリングドライブ ミニッツリピーター GBLS998
ミニッツリピーター機構の作動時には、表からは調速機が高速回転する様子、裏からはハンマーの動きを見ることができる。10分の単位を示す2つのゴングの複合音を十進法で計算する、デシマル式報時方式を採用。

手巻きスプリングドライブ。18KPG。ミニッツリピーター機構(デシマル報時方式を採用)。クロコダイルストラップ。ケース径42.8mm。38,000,000円(税別)。
詳しくはこちら。


クレドール スプリングドライブ 叡智Ⅱ GBLT999
白磁の文字盤に、深みのある青色でインデックス(時分目盛り)を絵つけした。CREDORのロゴも手描きされている。

手巻きスプリングドライブ。PT、磁器ダイヤル。パワーリザーブ60時間。クロコダイルストラップ。ケース径39.0mm。6,000,000円(税別)。
詳しくはこちら。


クレドール スプリングドライブ 叡智Ⅱ GBLT998
トルクの大きいスプリングドライブの特性を最大限に生かした「トルクリターンシステム」を搭載。約60時間のパワーリザーブを実現した。

手巻きスプリングドライブ。18KPG、磁器ダイヤル。パワーリザーブ60時間。クロコダイルストラップ。ケース径39.0mm。4,500,000円(税別)。
詳しくはこちら。

問い合わせ:セイコーウオッチ お客様相談室(クレドール) 
☎︎0120-302-617  
www.credor.com

【CREDOR 7つの物語】

#1 公開中|ブランドイメージを視覚化せよ! クレドールのロゴマーク誕生秘話から読み解く「ジャパンメイドの矜持」
#2 公開中|勝負の鍵はジュエリーウォッチ! 時計大国に挑むクレドールの初志は「日本ならではの美」だった
#3 本記事|名工たちが超絶技巧に挑む! マイクロアーティスト工房が世界に発信する「美しい音色の腕時計」
#4 公開中|どこまでも薄く、美しく! 熱い想いで連綿と受け継がれてきた「透ける時計」、スケルトンウォッチ
#5 公開中|名作を再生せよ! リネアルクスは不変のエレガンスを目指す
#6 coming soon
#7 coming soon

Promoted by クレドール / text by Keiko Homma / photos by Ryoichi Yamashita (Battuta)

あなたにおすすめ