無事にオンライン注文機能を実装できたのは良いものの、一方で「ネットスーパーの難しさ」はどんどんと深まっていった。
「通常のECでは、すべての商品にIDが付与されています。生鮮食品の場合、同じトマトでも産地ごとに商品IDが異なる。さらに、トマトと言えど野菜なのかジュースなのかを機械が判別するのが難しかったりしました。さらに商品は店舗ごとに異なり、データも多岐にわたる。そこで僕らは、機械学習を使いながら細かくチューニングしていたんです。
また、生鮮食品は1日2回ほど商品が入れ替わったり、日によって仕入れがないこともあります。さらに言うと、回転が速すぎて、欠品情報が大手ネットスーパーのシステムにに反映されないこともしばしば。僕らとしては、ユーザーに正しい情報を届けたい。そのため、情報を正確に同期する仕組みを構築しつつ、一部は手作業で補完もしていましたね」(矢本)
「自分たちでやろう」と始めたネットスーパーの失敗
タベリーのオンライン注文機能は、何とか開発を進められることがわかった。けれど、泥臭い作業から抜け出せる兆しが見当たらない。
「当初は、タベリーでの購入金額から手数料の数%をいただく形で売上を立てようと考えていました。でも、そもそもスーパーは粗利が小さく、営業利益は2~5%程度。僕らとしては、もっとサプライチェーンのコスト構造を変革するところまで浸透していかないと、事業としてのアッパーは小さいまま。10xなビジネスモデルにはならないと気づきました」(矢本)
前述のとおり、大手スーパーがすぐに動く気配がない。ならばとオンライン注文機能に続いて始めたのがStailer……ではなく、10Xが自社でゼロから立ち上げたネットスーパー「タベクル」だった。
「API提供を待つくらいなら、自分たちでネットスーパーをつくってスケールさせたほうが早い可能性もあると思ったんです。それこそ、仕入れはもちろん、倉庫やトラックも自社で借りるところからスタートさせました」(矢本)
タベクルは、置き配を前提とした生鮮食品の早朝便だ。というのも、ネットスーパーの利益が出にくい理由の一つが、配送コスト。1件につき千円近くかかるが、利益は大きくても数百円程度しかない現実があった。そこで、タベクルでは道路やマンションのエレベーターが空いている深夜帯に配送。1時間あたりに運べる量を増やし、置き配で受け渡し時間の削減を狙った。
shutterstock.com
「仕入れさせてもらうために業者の方に何度もかけあったり、倉庫を貸してもらうために牛乳配達の人に話しかけたり。嬉しいことに、いろいろな人にかわいがってもらえて、タベクル自体は始動できました。
しかし、このプロジェクト自体が、ユーザーが本当に困っているところからスタートしていませんでした。誰が何に困っていて、普段に比べて何を10倍良くすればいいのかわからないままつくっていた。その結果、自分たちだけが欲しい“良さそうなサービス”として終わらせてしまったんです
結果的に、4カ月の運営を経て、自社でのネットスーパー運営は難しいと経営判断でクローズを決めました。当時はタベリー、タベクル、そしてStailerと3つのアイデアを同時に検証しており、企業としてこの事業でいくんだと明言がしづらかったのが大変でした。そういった背景からすべてステルスでやっていたので、外向けに話すのは実はこれが初めてです」(矢本)