「アメリカに行ったら何か起こる」という期待
2012年3月、後にスマートニュースを共同で創業する浜本階生と鈴木健は、アメリカ南部のテキサス州オースティンにいた。そこでは、世界最大の音楽、映画、ネットが融合したイベント「サウス・バイ・サウスウエスト」が開かれていた。
2人はそこで、クロウズネストと呼ばれるニュースサービスを展示していたのだ。世界中から起業家や投資家、クリエイターが集まり、新たなサービスを探す。注目を集めれば、ユーザーも投資家も集まる。街全体が熱狂に包まれる中で、クロウズネストの反応はさっぱりだった。
「アメリカに行ったら何か起こる」という期待は無残にも砕け散り、帰りの飛行機内は重苦しい空気に包まれた。この先どうするか。続けるか、捨てるか、決断を迫られていた。
機内で鈴木は、「圧倒的なペインキラー(痛み止め)が必要だ」と浜本に話した。いますぐ欲しい、なんとかしたいという気持ち、このサービスを使わざるを得ないというユーザーの動機が必要だという指摘だった。
2人は帰国すると、サン・マイクロシステムズなどで活躍し、世界的に知られるユーザーインターフェイスの専門家である川原英哉にデザインを依頼した。
川原から提示されたプロトタイプは、カラフルでメリハリがあるものだった。画面上部のタブはピンクや緑、黄色が使われ、ニュース記事のタイトルと写真が互い違いに配置されていた。
川原は、週1回のディスカッションに参加し、画面の開発が進んでいく。写真とテキストが段違いに表示されるデザインコンセプトは、室町時代に誕生した和室装飾の違い棚形式(社内コードネームはChigaidana)と呼ばれるようになる。
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写真やテキストを整然と並べる欧米のデザインに対し、おもちゃ箱をひっくり返したように雑然としつつも、ポップで飽きが来ない日本独自のデザインをつくろう。これが、青系でシンプルな色使いのフェイスブックやツイッターとは異なり、スマートニュースがカラフルな理由だ。
浜本は、漫画喫茶にこもり、開発に励んだ。集中したいときは、8時間パックを使い椅子をリクライニングさせてプログラミングするのがお約束だった。
激変の時代での挑戦
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スマートニュースの開発が行われていた2012年は、メッセンジャーアプリのLINEが急激に利用者を伸ばしていた時期に当たる。
インターネット業界では、フェイスブックやツイッター、そしてLINEが急拡大するのを見て、人と人をつなぐコミュニティ機能が注目されていた。
2人の間でもコミュニティ機能が検討された。コミュニティ機能はユーザーが求めているだけでなく、コメントを書き込むことにより、アクセス数が増加すること、ユーザー同士のつながりや興味関心を解析することで、広告配信などにも大きく影響するため、サービスを提供する側にもメリットがある。
2人はコミュニティ抜きの事業プラン、コミュニティ入りの事業プランの双方を検討した。浜本は、手軽に使ってもらうにはシンプルにしたほうがいいという意見、鈴木はソーシャル機能があったほうがいいという意見だった。さらに、アプリで展開するかウェブかという議論もあった。