『ヘルプ』 厳しい差別の中で言葉を紡いだ黒人メイドの物語

第17回放送映画批評家協会賞のステージにたつ映画『ヘルプ』のキャスト(2012年1月12日撮影、Getty Images)

先月25日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官に暴行され死亡してから、全米に広がった抗議デモ。日本のメディアでは暴徒化した人々による略奪シーンが度々報道されているが、実際は抗議している人々全体から見れば1%程度だという。

トランプ大統領就任以降、勢いの増した白人至上主義者とリベラル派の対立が表面化する一方で、いわゆるオバマケアの中止によって、黒人全体の社会的位相はさらに厳しくなっていると言われる。

アメリカの人口に占める黒人の割合は12%程度だが、黒人全体の富は3%もなく、失業率は白人の2倍。白人女性の年収の中央値4万1千ドルに対し、黒人女性のそれは120ドルという驚くべきデータもある。人種差別だけでなく貧困が大きく関わっている点を見れば、アメリカだけの問題ではないと言えるだろう。

映画『ドリーム』では、60年代初頭にNASAのスタッフとして働き、評価を勝ち取る黒人女性が描かれていた。少数エリートとして選ばれた彼女たちでさえ有形無形の差別に苦しめられたが、その頃、地方の町の下層黒人女性は、自分たちを語る言葉すら持っていなかった。

『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(テイト・テイラー監督、2011)は、そんな黒人女性が自らを語り出すまでのドラマである。60年代前半のミシシッピー州にあるジャクソンというのどかな街を舞台に、白人の家でメイドとして働く黒人女性たちと、特権階級に安住する白人女性たち、そしてメイドに寄り添う一人の白人女性をめぐる人間模様が描かれる。女優たちの演技がすばらしく、数々の演技賞を獲得している。



メイドの声を集めて本にしよう


一人息子を亡くしたばかりで沈みがちなエイビリーン(ヴィオラ・デイヴィス)は、エリザベスの家に雇われたメイド。彼女が家事に加えて幼い娘の母親役も務めている傍ら、エリザベスはおしゃれと社交に明け暮れている。

エイビリーンのメイド仲間で料理の腕が評判のミニー(オクタヴィア・スペンサー)が通うのは、このあたりの白人女性コミュニティで中心的存在のヒリー(ブライス・ダラス・ハワード)の家。一方、彼女たちと同級だが未婚のスキーター(エマ・ストーン)は作家志望。黒人と白人の間にある深い断絶を身をもって知った彼女は、メイドの声を集めて本にしようと思い立つ。

保守的な周囲の女性とは違うタイプとして描かれるスキーターだが、ことさら高い政治意識の持ち主ではない。当時の公民権運動の盛り上がりに啓発されて、黒人女性の声を取り上げようと思ったわけではないのだ。

一つには、文筆の経験を積むため就職した地元の新聞社で主婦向け家事コラムを任され、経験値の高いエイベリーンに取材するうち、彼女たちの本音を知りたくなったこと。もう一つ、スキーターの行動を後押ししているのは、幼い頃から母代わりだったメイドが知らないうちにいなくなっていたことへの疑問だ。
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文=大野左紀子

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