では、そのAIが復活させた肉親、AI故人が、もし、我々に語りかけ、ときに相談に乗ってくれたならば、何が起こるだろうか。
おそらく、その場面でも、我々は、その肉親が実際に相談に乗ってくれたように感じるのではないだろうか。
そのことを教えてくれる一つの研究例がある。
かつて、人工知能の開発の初期に、ある研究者が「AIカウンセリング」の実験を行った。
それは、心の悩みを抱えた相談者がパソコンの前に座り、キーボードを通じてカウンセラーと対話するという実験であった。しかし、実は、このカウンセラーはAIであり、相談者からのどのような言葉に対しても、「そうですか」「それは苦しかったですね」「そのとき、どう感じたのですか」といった定型的な応答をするだけのAIであった。
しかし、相手がAIであることを知らされていなかった相談者たちは、その多くが、「この対話によって、癒されたと感じた」と報告している。
されば、AIが復活させた肉親も、具体的なアドバイスをすることなく「そうか、それは大変だったね」「そのとき、どう思ったのかい」といった言葉を発するだけで、家族は、温かく相談に乗ってもらったという感覚を持つのではないだろうか。
なぜなら、我々は、すでに他界した肉親の写真に向きあうとき、いま自身が抱えている問題について、その故人が何かを語りかけてくるように感じるからである。そして、それが、その問題についての賢明なアドバイスのように思えるからである。
これからの時代、こうしたAI故人の技術は、去り行く人々が、残された人々に贈る、最後の心の拠り所となるものであり、また、残された人々の悲しみや寂しさを癒すものとなっていくのかもしれない。そして、こうした技術は、故人との対話の形を通じて、我々の思索を深め、気づきを促し、人生を味わい深いものにしてくれるのかもしれない。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界賢人会議ブダペストクラブ日本代表。全国5600名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は、本連載をまとめた『深く考える力』など90冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp