だが、日々報道される情報をどう咀嚼し、伝わる憎しみや悲しみをどう自らの肌に受け止めるべきか、悩む日本人も少なくはないだろう。
アメリカ現地から「アメリカの今」を日本語で伝える活動を続けるジャーナリスト、エッセイスト、洋書書評家、翻訳家の渡辺由佳里氏は昨年、「ニューズウイーク日本版」の連載をまとめた著書『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』を上梓した。
中で渡辺氏は1冊のヤングアダルト向け小説を推薦している。一緒にいた幼なじみの黒人の少年が警官に銃殺されてしまう体験をする、16歳の黒人少女が主人公の物語だ。日本人が今回の「Black Lives Matter」のプロテストを理解する上での一助として、以下抜粋転載で紹介する。
ハリウッドの白人優先主義の影響である「ホワイトウォッシング」については、本書(『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』)の「ファンが変えていく、ハリウッドの『ホワイトウォッシング』」というエッセイにも書いた。
だが、人種差別に遭遇する機会がほとんどない日本人にこの問題を理解してもらうのはなかなか難しい。人種のるつぼであるアメリカでさえ、「ホワイトウォッシング」を擁護する者もいる。たいていは差別される側に立ったことがない白人だ。
(編集部注:「ホワイトウォッシング」とは、白くないものを白塗りすることであり、最初は、原作の登場人物が非白人であっても白人の俳優ばかりを起用するハリウッドへの批判が高まった。それ以外にも「白い」ことが優生だと示唆する広告、メディア、社会構造などを指す。たとえば昨年、日清食品が大坂なおみ選手を起用したアニメの広告で大坂選手の肌が白く描かれていたことを、欧米メディアは、ホワイトウォッシングであるとして批判した)
ホワイトウォッシングより深刻な「Black Lives Matter」
だが、「ホワイトウォッシング」より深刻で、さらに誤解を受けやすいのが「Black Lives Matter(黒人の命も重要だ)」のムーブメントであり、プロテストである。
白人の間からは、「命が重要なのは、黒人だけじゃないだろう。白人の命だって重要だ」と「White Lives Matter」などと言い出す者さえいる。
白人の命は、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したときから、先住民よりも優先されてきたし「重要」だった。アメリカの黒人たちは、「同等の権利がほしい」と求めているだけなのだ。それなのに「逆差別だ!」と怒る白人に同調する日本人すらいる。
「ホワイトウォッシング」を問題視する人への日本人の反論を読むと、「自分が信じてきたことを否定される」ことに不快感を覚えているようだ。その不快感で本質を見ようとしない人が存在するのは日米共通だと思う。
そんな人たちに読んでもらいたいのがアンジー・トーマス(Angie Thomas)の小説『The Hate U Give』(『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ──あなたがくれた憎しみ』)だ。ティーン向けのヤングアダルト小説だが、その枠を超えて、多くの年齢層で高い評価を得ている。
警官に止められたらどうするか
主人公は、16歳の黒人の少女スターだ。低所得層が多い黒人街に住んでいるが、裕福な白人が多い私立高校に通っている。バスケットボール選手のスターには、クラブで仲が良い女友だちもいるし、白人のボーイフレンドもいる。けれども、子ども時代の友だちや近所の人と接しているときの自分と学校での自分は、態度も言葉遣いも異なる。高校では、本当の自分を抑え込んで別の自分を演じなければならないという心理的なプレッシャーが常にあった。
スターには、母親が異なる兄がいる。若かりし頃の両親が喧嘩をしたときに、父親がヤケで浮気をした結果だった。その兄には父が異なる妹がいて、その父親は、この黒人街を支配するストリート・ギャングのリーダー「キング」である。この因縁が、二つの家族に常に緊張を与えている。
スターの母親はベテラン看護師で、父親は街で唯一のコンビニを経営している。ボーイフレンドのクリスが住む安全な街に住むことができる収入があるのに、コミュニティのために尽くすことを誓う父は引っ越しを拒否し続けている。
気が進まないまま連れて行かれた地元のパーティで、射撃事件が起こり、スターは幼なじみの少年カリルの車で家まで送ってもらうことにする。カリルとは幼い頃には仲が良かったが、別の高校に通うようになってからは疎遠になっていた。車の中で、カリルは自分が愛する伝説的ラッパーの「2パック」についてスターに語る。