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伝統医療と先端医療の間で

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偶然か必然か、去る事約100年前に、スペイン風邪という感染症に、人類は直面した。しかし日本では、その教訓を忘れ去り、研究もさほどされていなかった。そこで今回漢方医学の側面から歴史を学び、100年前の教訓を生かしてみたいと思う。

スペイン風邪とは一体どんな風邪だったのか?


「スペイン風邪」(インフルエンザ)は全世界で5億人が感染して、一説によると 約2000万〜4000万人以上の死者を出した。日本では45万人が感染し、約38万人が死亡した。

アメリカ中西部から発生したという説があり、第1波は3月、第2波は9月に世界中で起こり、多くの死者を出した。

くしくも、第一次世界大戦中であった。スペイン風邪によるアメリカの死者は、大戦中の戦死の5万人を超え、5万7千人と戦死者を上回った。

戦争当事国(アメリカ他)はそのスペイン風邪の感染状況を隠蔽し、結果的に約4カ月間で世界に広まった。中立国のスペインで明るみに出た事で、スペイン風邪と命名された。

日本では、第1波は統計的には残っておらず、統計で残っているのは第2波からである。第1波はおそらく春(5月頃)と言われており、そして秋の第2波は国内でも2116万人が感染し25万人が死亡、致死率は1.5%で多くの死者が出たとされる。第3波は国内で242万人が感染し12万人が死亡、致死率なんと5.3%と約5倍に上がり、強毒性に変異したと考えられている。そして発生から収束まで約3年を費やした。

また、今回の新型コロナ感染症に酷似の事象もあった。日本の戦艦矢矧(はやぎ)がシンガポールに寄港した際、たった4時間の下船で船員が感染、全船員469名のうち約9割が罹患し、48名の船員が死亡した。まるで、ダイヤモンドプリンセス号をみているようである。

時の歌人で作家の与謝野晶子は1918年(大正7年)11月10日、横浜貿易新報に投稿した「感冒の床から」で、自分の息子が罹ったことでその怖さを訴えたが国の対応は今の政府のように呑気な対応で、世の中に政府提案が統一されていないと嘆いた。

彼女はのちに、「人知を尽くして天命を待つ」と成す術がない事を表現し、投稿として残している。その過去に学ぶ事は、今回重要な事だと思う。

文=高田浩孝

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