預かり資産90億ドルの運用会社を経営する59歳のトレーシー・メイトランドはeメールとシスコのビデオ会議システムを利用して、大荒れになると予想されるこの日の市場を乗り切るために指示を発している。
取材した今年の3月18日、ダウ工業株平均は5%安で寄り付いた後、さらに下落して一時、サーキットブレーカーが発動され、最終的には2年以上ぶりに2万ドルの大台を割り込んで取引を終えた。
新型コロナウイルスの感染拡大後のウォール街で日常的になった光景だ。
新型コロナウイルスの感染が拡大した際、アドベント・キャピタルではパンデミックによる10~60%の売上高減少に耐えられるキャッシュフローを持っていない企業を特定するため、総勢約20名の運用チームによりポートフォリオの「バーンダウン(全焼)シナリオ分析」が行われ、保有していたレストレーション・ハードウェア、ゲスといった家具小売企業やクルーズ船運航企業のカーニバルやシックス・フラッグスをすぐに売却し、IT企業とヘルスケア企業のポジションを増やした。
「2008年以降、株価は一本調子で上げてきました。こうした相場が続くと、警戒感を持って市場と向き合うことを忘れがちになるものです。しかし、それは家を購入してから20年間、何も問題が起きなかったという理由で、保険を解約するようなものです」。
長年、トレーディングに携わってきたメイトランドは生粋のニューヨーカーらしい早口でそう語る。
勝利の秘訣は負けないこと
アドベントの中核ファンドは3月の安値時点で年初来パフォーマンスが14~20%のマイナスとなっていた。アドベントのファンドは、債券と株式の特性を兼ね備え、投資家が忘れがちな保険としての性質も有する転換社債に特化しており、14~20%のマイナスは褒められたものではないかもしれないが、30%もの下落となっているS&P500指数と比較すると、傷ははるかに軽かった。また、転換社債を主体とするメイトランドのヘッジファンドの中には、パフォーマンスが8~10%のプラスとなっているファンドもある。
転換社債は債券と同じように、一定の間隔で金利が支払われ、発行から5~7年後の最終償還時に元本が一括で全額返済されるが、転換社債を発行している企業の株価が急騰した場合、投資家は債券発行時に決められた価格で、転換社債を発行企業の株式に転換することができる。 相場が上昇基調にある場合、転換社債の価格はオプションと同じように、株価に連動して上昇する。だが、景気が頭打ちになる場合や悪化する場合には、金利が得られ、最終的に決まった価格で償還される特性が有利に作用し、投資家は安全性を確保することができる。
これまでも、アドベントの転換社債戦略の真価が試された局面があった。メイトランドの運用チームは01年の同時多発テロ事件の発生時や08年の金融危機時にも、ポートフォリオのバーンダウン分析を行った。メイトランドによると、JDSユニフェーズやダブルクリックの転換社債など、有名なIT企業の破綻に巻き込まれずに済んだ背景には、非常事態に対するこうした用意周到な備えがある。01年も08年も、アドベントのファンドの下落率は市場インデックスよりも小さく、その後の回復局面では市場インデックスを上回るパフォーマンスを上げた。
「勝利の秘訣は負けないことです」
アドベントを創業してから25年間、メイトランドが保有する転換社債の発行体企業が破綻したケースはゼロである。