パンデミックを阻止せよ。亡き教授が授業で語った心構え

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新型コロナウイルスの伝播を目の当たりにして、2000年ハーバード公衆衛生大学院での感染症疫学の大家、ジョナサン・フリーマン教授による気迫に満ちた授業を思い出さずにはいられない。

教授:諸君は未知の感染症アウトブレイクが発生したとき、一体どうする?

生徒A:検体を採取して培養します。

生徒B
:過去の文献を調べます。

ひと通り聞いた教授は、やおら大きい目を見開いて声を大にしてこう叫んだ。 「STOP IT !!(感染拡大を止めろ) 」。簡潔にして明瞭な力強い言葉である。

フリーマン教授の授業はそれを最後に行われなかった。後になってわかったことだが教授は末期がんを患いながらも教壇に立ち続け、翌週に予定されていた最後の授業の直前に息を引き取られたとのことだった。

「疫病が蔓延するのを阻止せよ。多くの命が失われるのを止めるのだ」。教授の遺言のように私の心に深く刻み込まれた。

03年2月末、WHOベトナム・ハノイ事務所のカルロ・ウルバーニ博士(イタリア人感染症専門医)は持病のない中年ビジネスマンに発生した謎の肺炎と向き合っていた。この患者から医療スタッフが次々と感染し倒れていく。院内感染だ。

博士はこの尋常ならざる事態に危機感を抱き、何度かWHOに連絡したが反応がない。一方、博士のアドバイスを忠実に実行に移したベトナムはSARSを世界で一番早く封じ込めることができた。しかしこのとき、すでに博士はSARSに感染し、この世を去っていた。

19年12月26日、武漢の病院に勤務する張継先医師のもとを、老夫婦が発熱と咳を理由に受診した。彼女は胸部CTを撮り、いままでに診たことのない独特の肺炎像に驚いた。その息子も似た肺炎だった。海鮮市場で働く肺炎患者が同日入院。

「普段とは何かが違う」と感じた彼女は翌日、このクラスターを病院と保健所に報告。保健所は直ちに疫学調査を実施し、31日にはすでに27人の原因不明の肺炎患者が市内に入院していることを突きとめ、即日中国CDC(疾病対策センター)とWHOに報告。1月1日には海鮮市場を閉鎖した。

しかし、その後も患者数は増加し、院内感染も生じていることを知りながら武漢市は人から人への感染を否定。18日に武漢で中国南部の春節伝統行事「万家宴」が行われた。各家庭が手料理を持ち寄って歓談するもので、今年は4万世帯以上が参加したという。春節の民族大移動と相まって感染爆発につながったのは想像に難くない。隠蔽はウイルスの拡散を助長するだけである。

未知の感染症に対しては、医師がいち早く異変を察知し関係機関に伝えること。連絡を受けた機関は、迅速に情報を開示、世界に指示を出すことが大切である。

いまの世界の状況を、フリーマン教授は天国から歯がゆい思いで見ているのではないだろうか?


うらしま・みつよし◎慈恵医大医学部卒、ハーバード公衆衛生大学院卒、疫学、危機管理、生物学統計などを学ぶ。小児科専門医として週5日外来診療する傍ら慈恵医大教授として新しい予防医学を開発中。

イラストレーション=ichiraku / 岡村亮太

この記事は 「Forbes JAPAN 5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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