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最先端の経済誌「Forbes JAPAN」の記事紹介

外資ホテルの進出が続く京都にあって、ホテルラバーの耳目を集めてきたアマン京都が19年11月にオープン。構想に約20年を要した古都リゾートはいまその全貌を明らかにする。


アマン京都


森と石、苔が織りなす聖地

今日、我々が庭という言葉を発するとき、それはきれいに整えられた植栽を楽しみ、またときには果実や野菜を育てる場所、つまり英語でいうところのガーデンを想像する。しかし、庭という漢字を使う以前、日本古来の言葉であった「ニワ」には、神々の聖なる域という意味がある。神の意志を伝える審神者(さにわ)は元来、清庭(さやにわ)とも呼ばれていたし、斎庭(ゆにわ)という古語は神をまつるために祓い清めた場所を指す。つまり、庭とは本来、神々に守られた聖なる場所なのだ—アマン京都を訪れ、その広大な庭を散策しながら、そんなことを思い出していた。

その庭とは京都の洛北、鷹峯三山の麓なる自然林を含む32万㎡もの敷地のこと。アマン京都は19年11月にオープンしたばかりであり、その庭も当然“出来たて”なのであろうと想像していたが、さにあらず。天つくように伸びた杉の木や、苔むした石畳、約2万本もの赤や黄色に色づくモミジなど、すでに悠久の時を感じさせる庭園がそこにあったのだった。なぜか?

その秘密を知るには、アマン京都が誕生するまでのはるか以前に思いを馳せる必要がある。小規模でありながら、美しい佇まいとあたたかなもてなしが特徴であるリゾート・コレクション「アマン」は1988年にアマンプリ(プーケット島)を発端に、現在世界22か国で34軒のリゾートを展開している。日本では、アマン東京、アマネム(伊勢志摩)に続いて3軒目となるのがこのアマン京都だが、実はその構想は20年以上前よりスタートしていた。

当時より確保されていたこの敷地には、西陣織の織元であった前所有者が美術館を設立することを目的に、およそ40年をかけて全国より銘石を収集し、木々や小川、苔を丁寧に育んでいたのであった。ゆえに、オープン直後から、このように成熟した美を感じさせる庭、いや、ニワがここにあるというわけだ。余談だが、アマン京都が完成するまでに内部で称されていたプロジェクト名は「アマンニワ」である。ここに、アマン京都を語る上での真髄があるのだろう。


かつて「紙屋川庭園」と言われていた広大な自然をそのままに生かしたアマン京都の庭園。四季折々の美しい姿がゲストの眼を楽しませている。

photographs by Katsuto Takashima, T-MAX(THE PAVILION, THE DINING, アマン京都) | text and edit by Miyako Akiyama

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