3月8日、一週間前にセント・マーティン島で下船した英国人とカナダ人の乗客3名が帰国後、新型コロナ陽性となったことを知らされる。
ちょうどその頃から、「大丈夫。これはコロナではないから……」などと言いながら、苦しそうに咳き込む高齢者を見る機会が増え、船内のカフェやレストランで毎日会う乗客が一人、また一人と見えなくなっていくのが分かった。私のリサイタルを3回とも聴きに来てくれ、ファンになってくれた医師夫妻のグループは、17人のうち6人が咳や高熱でその後隔離された。
年配の英国人を見ていていつも感心させられるのは、その「不屈の精神」と、危機的状況の時こそ「ユーモアの精神」を忘れてはならないという美德である。彼らは予期せぬこの“カリブの冒険”を、自虐的なブラックジョークを言い合ったり、英国人特有の「サーカズム」で笑い飛ばす。
サーカズムやアイロニーは、単なる皮肉や嫌味とは異なり、決して他者を傷つけたりするものではない。英国では「他者への配慮が行き届いていて、ユーモアのセンスがあり、機転の効く」スピーチのできるリーダーが尊敬される。これは政治でもビジネスの世界でも同じだ。
こうした慣習は、誰の責任でもない天気の話題が会話の潤滑油となるのと同じで、長い歴史と文化が育んだ、良い意味で「洗練されたコミュニケーション技術」と言えるし、他人と争わずにうまく共存しなくてはならない島国に住むイギリス人ならでは「叡智」であり「生きる術」なのだろう。
言葉といえば、船長は船内アナウンスの最後にいつも「Be happy!」(いつも前向きで、ハッピーでいましょう!)と言っていたが、もうひとつ、それとともに乗客の間で頻繁に聞いたフレーズがある。「Let’s make the most of it!」である。
その精神は「自分が置かれた状況をいかに最大限活用するか」「不可抗力や天災をいかに味方につけるか」であるが、言い換えるなら「悩んだり、愚痴を言ったりしたところで何も変わらない。楽しまなきゃ損!」ということになる。合理的で細かいことを気にしない英国人ならではの考え方だ。
実際、親しくなった英国人夫婦は、朝から日没までクルーズ船の屋上デッキでカリブ海の太陽を全身に浴び、ドリンク片手に読書をしながら寝そべるか、時々プールで泳ぐなどして、期せずして長期化した延泊費のかからないホリデーを満喫していた。屋上は広くて開放感があり、海風も爽やか。デッキチェアもカップル単位で間隔をあけて並んでいる。実際、船内で最も換気が良く、安全な場所だった。
そんな彼らを見ながら、楽聖ベートーヴェンの次の言葉、「苦難の時に動揺しないこと。これが真に賞賛に値する卓越した人物の証である」を思い出した。