コロナ憎んで人を憎まず。音楽と笑顔は世界を救う

「Let’s make the most of it!」と言い笑う英国人乗客


私がロンドンからカリブ海へ飛んだ2月27日当時の新型コロナの感染状況といえば、中国:約7万8000人、日本:189人(ダイアンモンド・プリンセス号の705人を除く)、イタリア:453人、米国:60人、南米:1人、中米:2人であり、英国も13人しか感染者がいなかった。

そのため、2月初旬からダイアモンド・プリンセス号の報道を追っていた私とは異なり、この時点では大半の英国人乗客がコロナをまだ「対岸の火事」として見ており、飛行機を乗り継ぐなどして遠路はるばるカリブ海まで来て、待ちに待ったホリデーを諦めるつもりはなさそうだった。クルーズ会社も、約700名のキャンセルによる損失を回避したかったはずで、熱や咳はあくまでインフルエンザの症状であると主張していた。

情報も届かないミステリーツアーに


ともあれ、クルーズは3日遅れでスタートしたが、その後も多くの港で下船拒否され、文字通り「ミステリーツアー」となった。ジャマイカ、コスタリカ、パナマでは限定的に上陸が許可されたものの、3月8日のコロンビアでの下船を最後に、キュラソー、バルバドスなど多くのカリブ諸国やメキシコ、ベリーズ、バハマ、米国からも寄港を拒否され、最終的にキューバで下船が許された18日まで漂流することになる。


ベネズエラ沖に浮かぶキュラソー島に丸一日停泊したが乗陸は許されなかった

船内では、1日に数回、船長らのアナウンスがあるのだが、乗客を動揺させないよう気遣って、不安を煽るネガティブな情報は伝えられなかった。しかし、時折レストランなどで一緒になる船長の表情が日に日に険しくなっていくのが判った。海上は電波が弱く、インターネット検索もほとんどできない。船室のテレビニュースや4ページしかない船内新聞は主要国のダイジェスト版ニュースで、しかも1日遅れであることが多いから、我々は情報難民に近かった。

ブレイマー号は、船員381人、乗客682人で、日本人は私1人だった。乗客の99%はリタイアした英国人の高齢者で、中には90代の夫婦もいた。英国人は忍耐強い。しかし、不安を隠せないお年寄りは多くいた。

私はゲストアーティストという特殊な立場であったため、乗客同様、何も知らされていないのだが、船長ら幹部と同じく「真実」を知っているのではないかと一般客から思われている節があった。だから私は不安の表情を一切見せず、努めて明るくポジティブに振る舞った。実際、ネガティブなことを口にすると、言霊に持っていかれそうだったから「笑顔」でいることを心掛けた。


夫婦ともに元医師の英国人カップル。「笑顔の連鎖」が自然と生まれる

愚痴や弱音を吐くと崩れてしまいそうになる中で、笑顔で話しかけてくれた船内の人々にどれだけ救われたかわからない。相手の顔が鏡に映る自分の顔のように見え、自分も自然と笑顔になった。船内のコミュニティを守るために自分が強くならねば、「音楽と笑顔」の力でそれを守らなくては、と思った。
次ページ > すばらしき英国人の美徳

文・写真=平井元喜

ForbesBrandVoice

人気記事