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2020.05.29

「リターン」を考え市民を巻き込む、流山市の仕掛け人

千葉県流山市で広報官を務める河尻和佳子氏

「母になるなら、流山市。」

2010年からこのキャッチコピーを掲げたプロモーションを展開し、子育て世代からの注目を集めてきた千葉県流山市。少子高齢化が進み、自治体間の人口争奪戦が過熱しつつあるなかでも、着実な人口増を遂げている。

その立役者のひとりが、電力会社から流山市に転職し、任期付き職員として10年以上にわたり広報官を務める河尻和佳子だ。

「何が起こるかわからないベンチャー感」に惹かれ、2009年に流山市へ転居した河尻。当初は転職までするつもりはなかったが、たまたま見かけた「街を売り込む人材を民間から募集する」という新聞記事が心に引っかかった。

市の広報については、「流山の魅力が伝わっていないのでは」と日頃から疑問を感じていた河尻は、「これ、私がやったほうがいいんじゃないか」とダメ元で応募し、見事、採用が決まった。当時はまだ30代、夫婦共働きの子育て中で、市が定住促進を目指す、まさにど真ん中の世代だった。そんな自分をプロモーション担当に採用した「市の本気」を感じ、同市で働こうと決意したという。

「母になるなら、流山市。」に込めた思い


河尻の仕事の代表的なものが、前述の「母になるなら、流山市。」というコピーだ。首都圏向けの交通広告用のコピーとしてつくられ、2010年以降、現在まで使用されている。

河尻自身、子育てに100%の力を注ぐべきという母親像に縛られて子育てが楽しめない時期があった経験から、このコピーには特別な思いを込めた。

「よく『母になるなら……』が、『子育てするなら……』と読み換えられるんですが、それは違うと思っているんです。『子育てするなら……』にしなかったのにはこだわりがあって、母だからって子育てだけしなきゃいけないわけじゃない、子育てしながら自分の夢や実現させたいことをやってもらいたいというメッセージでもあります」と思いを語る。

もう一つ、河尻が中心となって仕掛たものに「シビックパワーバトル」がある。 これは、各地域の住民が自ら住むまちの魅力をプレゼンして競うイベントだ。バトルと銘打っていても、その目的はシビックプライド(都市に対する市民の誇り)の醸成。市民がオープンデータを活用し、埋もれていたまちの魅力を発掘していく。そして、その過程で各地域の住民と行政の連携が進み、まちのプロモーションにもつながっていく。

そうした試みに価値を見出し、国や企業も取り組みを支援した。2017年9月の第1回は、総務省の後援とヤフーの協賛を取り付け、ヤフー本社で行われたイベントには、流山市、横浜市、川崎市、さいたま市、千葉市の官民連携チームが参加。その後、他の地域にも広がり、2018年3月には千葉市内で、8月には関西で開催。今年も10月に「シビックパワーバトル全国大会2020」も予定している。

市民に主体的にイベント参加してもらうため、設計には工夫を凝らした。

「私1人で考えても独りよがりになってうまく進みません。市民の方々の中で周囲を巻き込めそうなリーダー候補を探し、さらに、その経験からジャンプアップしそうな人に声をかけました。私ももちろんリーダーと協力して『データを集められる』『プレゼン資料をつくることができる』『プレゼンがうまい』といった優秀な仲間たちを見つけるため、人づてに紹介を受けて会いに行きました。一面識もない市民の方にダイレクトメッセージを送ったりもしました」
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文=加藤 年紀

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