朝日新聞編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)


日本にしてみれば、トランプ氏のWHOへの拠出金停止発言は、従来の「中国の国際機関への影響力を弱める」という米国の戦略と明らかに矛盾していた。戦略が間違っている以上、安倍首相も簡単に、トランプ氏の考えに同調できなかった。

安倍首相は、トランプ氏にとって最大のお友達との評価を得てきた指導者だった。だが、安倍首相が8日の電話会談で、戦略の誤りについて指摘したり、拠出金停止を思いとどまるよう説得したりすることはなかった。関係筋の1人は「安倍首相はトランプ大統領の気性もよく知っている。トランプ氏は人からの説得に耳を傾けるような人物ではない」と話す。

なにしろ、トランプ氏の手足となるべき米国の外交官たちが苦しんでいる。過去、私は米国外交官たちが似たように苦しむ姿を見たことがある。第1次ジョージ・W・ブッシュ政権(2001~2005年)の時の北朝鮮外交だ。ブッシュ大統領は、大勢の国民を餓死させた金正日総書記を忌み嫌った。米外交官たちに北朝鮮との対話を極力しないよう仕向けた。中国との断交までちらつかせるトランプ氏の姿と重なる。

02年10月、当時のケリー米国務次官補らが北朝鮮のウラン濃縮疑惑を暴くために訪朝したときも、ホワイトハウスの強硬派は「北朝鮮の奴らにトースト1枚食わせるな」と騒ぎ、ケリー氏主催の答礼晩餐会を開くことを認めなかった。北朝鮮はこのとき、ウラン濃縮を暗示したが、ブッシュ政権は対話ではなく、核開発を巡る米朝枠組み合意の破棄という道を選んだ。ケリー氏と一緒に訪朝した当時のストラウブ米国務省朝鮮部長は後日、私に「愚かな行為だった」とこぼしたことがある。

また、かつて米国務省の知人は「私たちは超大国の外交官だ。だから、発言や態度には細心の注意を払う」と話してくれたことがある。この知人は先輩の米外交官たちから繰り返し、「小国の外交官は強い言葉を吐いても許される。しかし、自分たちの場合は影響力がある以上、いい加減な態度は許されない」という教えを受けたという。WHOに拠出金停止や脱退をちらつかせるトランプ氏の手法は、米外交の伝統とは真逆のものだろう。

結局、安倍首相はWHAで演説を行わなかった。同様に演説を拒んだトランプ氏への最大の配慮だったのだろう。欧州諸国も、メルケル独首相のように演説はしたものの、ごく手短に済ませて、米国とも中国とも距離を置こうとする国が目立った。加藤勝信厚労相はWHAで、台湾のコロナ対策を評価したが、中国を直接批判しなかった。延期になっている習近平主席の訪日を含め、日中関係をこれ以上悪化させることは得策ではないという安倍政権の判断があったのだろう。

米国とも中国とも距離を置いて、とりあえず11月の米大統領選まではやり過ごす。今の日本にはこの方法しか残されていないのかもしれない。

文=牧野愛博

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