必読の下戸市場論『ゲコノミクス』 飲まない人も共に楽しめる場へ

ロンドンでのノンアルコールカクテルマスターコースの様子(Photo by David M. Benett/Dave Benett/Getty Images for Everleaf Drinks)


「飲み」なのだからと思って、こちらはおつまみに缶酎ハイ4本万全に用意して時間中ずっと飲みっぱなしだった。その一方、メンバーは女性の方が多く、背後からお子さんも登場するサプライズもあり得る自宅からの参加ともあってほとんどの方はアルコールを手にしていらっしゃらなかった。ドアひとつ隔てた先は家族もいる日常なのだから、その選択も当然だ。それでも、メンバーはアルコールなしでその日の講座の感想をどんどん語ってくれて、こちらもうんうんとうなずいて、楽しい時間をすごすことができた(私は話すより、聞く方が好きなのである)。

Zoom「飲み」と言いながら、もはやアルコールを飲むことが必須でさえない。『ゲコノミクス』が指し示すビジョンは、この現況において大変示唆的である。

酒に対して、身も心も楽な距離を自分で選ぶ時代


この本を一読して思ったのは、お酒に対して、もっと楽で自然なあり方が本当はあったのかもしれないということだ。先ほどのZoom飲みの例で垣間見えるように、私は「飲み助」を自認していた。しかし、解像度を上げてこと細かに見ていくと実はそうでもないのではないか。

藤野さんは本の中で、お酒が好きか嫌いか、体質的に飲めるか飲めないかで四象限図を描き、酒嫌いで飲めない「真性」、飲めるが「酒嫌い」、飲めないが「酒好き」、好きだし飲めるが飲まない「選択的」と大きく4種のゲコノミストに分類する。

その分類で考えると、私は確かに飲みは好きだけれども、果たしてそんなに酒が強かっただろうか? 実は場に飲まれるか、飲み過ぎるかして人の迷惑になることはなかったか、と自問してしまう。

そんななか、4類型のうち、お酒が好きで、飲めるのだけれど、敢えて飲まないことを選択している「選択的ゲコノミスト」というあり方はとてもクールで、まぶしく見えた。単に健康のためだけでなく、飲まない方が頭が回るから、オフで趣味に打ち込むなど時間が有効に使えるからと、そういうライフスタイルを敢えて選んでいるのだ。

もう一生分飲んだから、明るく卒業しようか、という「卒アル」という言葉さえ登場した。ならば、飲み助、いや、この本の言葉を借りれば「ノミスト」だって、お酒が一番楽しい内に、適度なところで切り上げる「節アル」を実践し、お酒も、それ以外も楽しめる節度アル生活を心がけたっていいではないか。


藤野さんが提唱する「ゲコマーク」。ゲコノミストの表明やゲコ歓迎表示に使える。言い出しにくい状況をゲコマークがカエル

空気を先取りし、求められているものを提示する


この本はお酒の楽しみ方の本でもあり、筋金入りのビジネス書でもある。女性、若者……、様々な属性の人も対象に含めた、徹底したデータ分析と、最前線のビール会社や飲食店、そしてカスタマー全般にわたる丁寧な聞き取り。プロはこのように市場を緻密に調査し、未踏のフロンティアに新たな需要を見いだしていく、スリリングなケーススタディだ。

ただ、今まで時代の空気、時代の空気とばかり言ってきたが、空気に受動的に流されている運動ではないことは断言しておきたい。
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文=縄田陽介

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