空間コンピューティングとは、現実空間をデジタルの力で拡張させる概念(コンセプト)で、5Gの未来を想定するうえでの重要なキーワードです。
ミラー・ワールドの実現を後押し
米国のxRスタートアップである「Magic Leap」が、xRの技術を活用して、京都の史跡や観光名所に、デジタルコンテンツでサムライを描いて立たせ、来訪客に映画の世界に入り込んだような体験をしてもらうというプランを、前回のコラムで紹介しました。このように、空間コンピューティングは、その場所ならではの魅力を引き出し、まったく新しい体験を実現することを可能にします。
そのとき、来訪客はxRのヘッドセットを装着するのですが、デジタルのサムライを描写するには、「史跡や観光名所のあらゆる空間情報をデジタルデータとして取り込む」「ヘッドセット装着者の位置情報や向きから、どのような視界となっているかをリアルタイムに検知する」「デジタル空間上にサムライを再現し、その場所の空間情報に重ね合わせる」「重ね合わせた空間を視界に適合させて、3次元的にヘッドセットに表示する」といった処理が必要となります。
現実の観光名所にデジタルのサムライを立たせると言われると驚かれると思いますが、このようにひとつずつの処理を見れば、考え方として新しいわけではありません。
現に、産業機械の世界では、ロボットや設備などの機器をデジタル空間に再現し、デジタル空間上で稼働させて劣化や異常検知を行い、現実空間の機器の障害予測や点検最適化等を行う、「デジタル・ツイン(Digital Twin)」というコンセプトがすでに実用の域にあります。
これを拡張し、現実空間にあるあらゆる存在のデジタル・ツインを生成し、「もうひとつの世界」をつくるというコンセプトは、「ミラー・ワールド(Mirror World)」と呼ばれていますが、空間コンピューティングはその実現を後押しするとも言えるでしょう。
ただし技術的には、ミラー・ワールドの実現は、デジタル・ツインよりもさらに難しいものになります。デジタル・ツインが対象とする産業機械には、CAD (Computer Aided Design、コンピュータ設計支援)データなど設計におけるデジタルデータがすでに存在するのに対し、現実空間には設計データなど存在しないものがほとんどだからです。
つまり空間コンピューティングの実現にはまず、現実空間をデジタルデータとして取り込む、「センシング」が必要になるということです。