「がん治療」は新型コロナと似ている 志村けんの死が衝撃だった理由

撮影・岩澤倫彦氏


標準治療を選択しなかった患者の「確証バイアス」


早期の乳がんが判明して、「外科手術でがんを切除すれば、9割以上の確率で助かる」と言われた女性がいた。標準治療で完治できる、幸運なケースである。しかし、女性は手術予定日の直前にキャンセル。自由診療クリニックの温熱療法に切り替えてしまった。

温熱療法は外部からがんを熱する治療で、体に優しいというイメージがある。自由診療クリニックの医師は、「3カ月も治療をすれば、がんが消える」と説明したという。

外科手術で身体にメスを入れることに、恐怖感や拒絶感が先行してしまう患者は少なくない。この場合、「手術を受けたくない」という自分の気持ちを肯定する情報を、無意識に求めてしまう傾向が強くなる。

これを心理学で、「確証バイアス」と呼ぶ。本来は否定的な意見や、客観的事実などのデータも意識的に検討しなければ、適正な判断はできない。


Myth busters. Image created by Redgirl Lee

乳がんが見つかってから1年9カ月後、女性は亡くなった。肺と肝臓に転移して、最期の一週間は会話もままならなかったという。

温熱療法は、放射線治療や抗がん剤と併用すると、上乗せ効果があるとされ、保険適用にもなっている。だが、各がんのガイドラインで推奨されてはいない為、一般的ながん治療では普及していない。

自由診療クリニックでは、温熱療法を単独で実施しているが、外科手術のように完治できるエビデンスはない。「3カ月でがんが消える」という医師の言葉は、確固たる根拠はなかったのだ。

乳がんの女性を最初に担当した医者が、標準治療を受けるように、なぜ強く引き留めなかったのか、と疑問を抱く人もいるだろう。

現在の医療は、インフォームド・コンセントの普及に伴い、「患者の自己決定権」が尊重されるようになった。そのため、有効性が怪しい自由診療を患者が選択しても、担当医は余程のことがない限り、強く反対しない。

結果として、間違った選択をした場合、助かるはずの命を失うリスクを、患者自身が負うことになるのだ。

日本の医療には「治外法権」が存在する


大半の人は、「フェイク情報に自分が騙されるはずがない」と思っているだろう。

だが、知的レベルや社会経験は、関係ない。私が取材してきた中では、「フェイク情報」に翻弄された人々は、会社経営者、国立大学の教授、医療関係者の人もいた。

むしろ、社会的な成功を収めた人や、常識的な思考回路の人が「偽のがん情報」を信用してしまう傾向がある。

最大の理由は、「医者」と「経歴」に対する信頼感だ。あの近藤誠氏も慶應大学というブランド力を利用して、「がん放置療法」を世に広めた。「野菜スープでがんが消える」という荒唐無稽な本も、ハーバード大学、千葉大学という肩書きを持つ医者が書いているから、人々は信用してしまう。本当に効くなら、どこの病院でも「野菜ジュースやスープ」で治療するだろう。つまり、誰かが「嘘」を言っている。

巷では「独自のがん治療」と称した、様々な自由診療が行われている。これが許されているのは、医者には「裁量権」という特権が認められているからだ。「裁量権」とは、専門的な医学知識や臨床経験をもとに、検査や治療を選択する権利。

本来、これは医者なら何をやってもよいという免罪符ではない。「裁量権の行使には医学的根拠が必要」という裁判所の判断もある。

だが、自由診療のクリニックは「裁量権」を盾にして、有効性が定かではない高額ながん治療を行なっているのが現実。

まるで「治外法権」というべき状態にあることが、医療界で問題視されてきたが、患者の多くは知らない。

現時点では法規制が追いついていないため、患者側が自己防衛するしかない。どんなに立派な肩書きや経歴でも、信頼性を保証するものではないことを知ってほしい。
次ページ > 養うべきは、がん情報のリテラシー、「目利き力」

文=岩澤倫彦

ForbesBrandVoice

人気記事