ここで、S看護師の供述の経緯を振り返りたい。
患者死亡当日の2003年5月22日から始まった当初の事情聴取では「アラームは鳴っていない」と明言していた。その供述が「鳴っていた」という虚偽自白へと追い込まれていく様子が、その後の捜査報告書に、克明に記録されていた。ちなみにこれは上司に向けて捜査の経緯を記す書面で、供述調書とは別だ。
患者死亡から1カ月半後の7月初旬、県警は集中的な“たたき割り”を始める。捜査報告書には、「鳴っていない」という初期の供述が、わずか1日の聴取の間に急転していく様子がみてとれる。
「やっぱり署名できません」
以下は、捜査報告書を読み解いていく。「」はS看護師の供述、()は取調官が状況を説明している部分として読んでいただきたい。
「呼吸器のアラームが鳴っていたのに気付かないことは絶対にない。絶対に寝入ってしまったことはない。西山さんに『アラーム鳴っていなかったよね』と聞くと『鳴っていなかった』と答えた」
(本職=取調官の刑事=が「(チューブが)外れていたのであれば、通常はアラームが鳴り続けるのでは?」と質問すると、下を向いて)
「あの状態なら鳴っているはずです。でも私の耳には聞こえなかったのです。西山さんは聞こえていたかも知れませんが、私には聞こえなかったのです」
(などとあいまいな返答を繰り返しはじめたことから、さらに「それはどういう意味ですか? 先ほど西山さんも聞こえなかったと答えた、と話していたのは事実と違うのですか」と質問すると、午後6時半ごろに至り、終始下を向きながら)
「今回のことは私がアラーム音に気付かなかったことが原因です。その日、私は友人の離婚問題などで悩んでいることもあってボーとしており、それを聞き逃していたのです。病室に入った時に初めて鳴っているのに気付き、我に返ったのです。頭がパニックになって、西山さんに鳴っていたかと聞いたのは覚えていますが、西山さんがどのように答えたか覚えていません。今回のことは誰の責任でもなく、リーダーであった私の責任です」
(と供述した。よって本職は「それが当日の本当の話なのですか? 本当の話であれば、これからその内容を調書に書きますので、もうしばらく時間を下さい」と申し向けると、小さな声で「はい」と返答したことから調書作成を開始した。署名を求めると)
「やっぱり署名できません。気づくのが遅れたのは間違いないけど、私の責任であることは間違いないけど、署名できません」
(と、これまでの供述を一転させた。その後も「納得がいかないです」と繰り返すばかりであり、午後9時にいたって取り調べを終了することにした。)
以上が捜査報告書の記述だ。文章にするとわずか数分だが、終了が夜の9時ということから考えても、相当な長時間の聴取だったことが分かる。当初は気丈に対応している供述が、あたかも自責の念にさいなまれた末に告白しているように読めなくもないが、事実はどうだったのだろうか。書類上の取調官の物言いは、紳士的で丁寧だが、数時間に及ぶ聴取を手短にまとめた内容を額面通りには受け取れない。