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そして新型コロナが追い打ちをかけた。世界的に先行き不透明ないまの状況下では、ビジョン・ファンドを完全に閉鎖すれば、ソフトバンクの株価は反騰するかもしれない。実際、3月23日、孫が長年の主張を翻して「守りの財務」を宣言すると、投資家はこれを歓迎し、株価は下支えされた。自社株買いと負債削減のために、保有資産を最大410億ドル売却すること、また、開設間もないビジョン・ファンド2からの新規投資はより慎重に行うとした孫の新たな方針は、大方の好評を得た。

ビジョン・ファンドは前代未聞、規格外の超巨大ファンドであり、そのためにソフトバンクの印象を急速に変えた。嵐のようなディールの連発により、ソフトバンクがすでに多くの優良資産をもっているという事実を、人々の意識から失わせたのだ。だが、ソフトバンクは現在も英半導体メーカーのアームを傘下に置く。アリババや、18年に上場した日本の携帯キャリアであるソフトバンク社の大株主でもある。

さらにソフトバンクには依然として孫がいる。彼は20年前のドットコム・バブルに乗って誰よりも儲け、その崩壊によって誰よりも多くを──正確にはソフトバンクの時価総額の99%を──失った。富は消失したが、ビジョンは曇ることなく、何十億ドルもの資産を改めて築いた。現在の孫の純資産額は166億ドルだ。

「インターネットの黎明期にも、私は同じように批判されたんです。いまよりももっとね」と、孫は笑う。「戦術にはいくつか悔いもあります。しかし戦略はブレません。ビジョンですか? 不変ですよ」

「孫正義帝国」ができるまで


孫は日本で生まれ、韓国系ゆえにつらい思いをしたことも知られている。留学プログラムでカリフォルニアに渡り、最終的にはカリフォルニア大学バークレー校を1980年に卒業。翌年日本に戻り、自動翻訳機をシャープに売るなどして100万ドル以上を稼いだ。そして86年、「ソフトウエアの銀行」を作るためにソフトバンクを設立した。

ソフトウエアのライセンス販売などで実績を作ったあと、96年に孫は意気揚々と米国に戻る。そして当時のベンチャー投資としては最高額となる1億800万ドルをもって、創業間もないヤフー株の41%を手に入れた。その後のドットコム・バブル絶頂期には3日間だけ世界一の金持ちだった、と孫は言う。

そしてすべてが終わりを迎えた。バブルが完全に弾けた2002年には、ソフトバンクの時価総額は1800億ドルから20億ドル、つまりほぼ100分の1になったのだ。

文=アレックス・コンラッド 翻訳=町田敦夫 編集=杉岡 藍

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