AIで「声なき人の声」を生み出す 韓国の研究が示す可能性

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人工知能(AI)の使われ方は実にさまざまだが、その用途や目的は多くのケースで共通しているように思える。

まずひとつは「効率化」だ。これまで人間の手で行ってきた時間・コストがかかる作業を、機械によって置き換えるようというものである。またAIを開発・利用する理由のひとつに、「気づきを得る」というものがある。人間が処理できない膨大なデータやパターンを解析することで、それまで意識することができなかった物事の本質や解決法を見出すという用途である。

昨今ではここに、もうひとつ新たな用途が加わろうとしている。「価値の創造」だ。

今年4月、韓国通信大手KTがひとつのプロジェクトを自社のブログで公開した。障がいを持った人々の「声」を生成するというものだ。プロジェクトに参加したキム・ソヒ氏(48才、女性)は先天性聴覚障がいを抱えており、生まれた時から聞くことも、話すこともできなかった。キム氏や母親、姉、子供たち家族は、キム氏が話すことができないという理由から、人生のところどころで葛藤や悩みを抱えていたという。

そんな彼女の夢は家族と自分の声で話すこと。KTはAIや関連技術を使ってその夢を実現した。

KTの研究チームはまず、キム氏の家族の声を録音して、声色、イントネーション、方言など、声を構成するすべてをデータ化。加えて、キム氏と同性・同年代の人々の声も活用し、「仮に声を発することができたならばどんな声だったか」を推論。その上で、キム氏の口の形の特徴に合わせて、声のデータをブラッシュアップしていった。

最終的にキム氏は、専用アプリを使って、自分の声を家族に届けることに成功した。文字を入力すると、音声合成技術で生み出されたキム氏の声に変換される仕組みだ。声が聞こえた瞬間の家族の表情は、驚きと表現し難い感激に包まれていた。

AIで生成された声が本物かどうかは誰も知る由もない。ただ、家族の表情を見る限り、それまで存在しなかった価値が確かにそこに生まれたようだった。個人的には、効率化や気づきという従来のAIの使い方を突破した事例として注目されるべきだと考えている。

効率化や気づきのための人工知能は価値に隣接しているし、価値を磨きあげるためにとても重要だ。しかし、それは価値そのものではない。価値はあくまで人間から生まれるものであり、そこを軽視した効率化や気づきは、むしろ人間の生活や文化の消耗・破壊するという本末転倒の結果を生み出すリスクも秘めている。

人間や人間関係をアップグレードし、新たな価値を生み出す人工知能のユースケースが増えていくことが、将来的に重要になっていくはずである。

連載:AI通信「こんなとこにも人工知能」
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文=河鐘基

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