高い志は誰かが引き継ぐ。小さな書店の女店主の挫折と希望


この作品は、人間関係のドラマだけでなく、自然の風景や建物、インテリアやファッションまで、細かいビジュアル面が素晴らしい。冒頭から、葦の生い茂った土手や岩の多い海岸、ざわめく木立の濃い緑、石畳のひなびた街並みなど、イギリスの海沿いの空気が伝わってくる。

古い家屋を再利用した書店は、外見も中も落ち着いたクラシカルな佇まい。この時代は内装や家具にまだチーク材が多用されており、書架をはじめ本が平置きされた古い木のテーブルの艶も美しく、2階にあるらしいフローレンスの住まいのキッチンや寝室も、質素ながら居心地良さそうな作りで、彼女の人柄を忍ばせる。

エドマンドの館は古色蒼然としていて、人を寄せ付けない孤高の雰囲気を感じさせるが、歳月を経た中にある種の高貴さも漂わせており、これも「住まいは人なり」と思わせる。

一方、ガマート邸は豪華そのもので、ヴァイオレットの衣装も毎回「VOGUE」の表紙から抜け出してきたかのよう。大きな花柄のボレロやワンピースは、DVDを一時停止してじっくり見たい手の込んだ豪華さである。

それとは対照的なフローレンスのファッションも素敵だ。冒頭の海辺で着ている灰緑色のポンチョ、薄緑色のコート、緑と茶のチェックのオーバー、青緑のリバティプリントのブラウスに鮮やかな緑のカーディガン、淡いオレンジのブラウスに緑のストライプのタイトスカート。「グリーン」というファミリーネームに合わせているのか、全体的に緑色系の服が目立ち、濃い栗色の髪にとてもよく似合っている。

本を介した交流が始まる


遠巻きにしていた町の人々も大勢訪れ、経営が軌道に乗っていく中で、幼いクリスティーンが書店に自分の居場所を見出していく過程は微笑ましい。子供のいないフローレンスはおしゃまなクリスティーンをやんわり受け止め、読書に興味のなかったクリスティーンは「ここは大切な場所なのだ」ということをフローレンスの背中を通して学んでいくのだ。

そして何より、本を介してフローレンスとエドマンドの間に始まる交流が心に沁みる。フローレンスが最初にエドマンドに勧めた本が、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』だったのは伏線として最後に効いてくるが、ともかくその一冊をきっかけにエドマンドがブラッドベリにハマっていく様子が良い。

クリーム色の地に枯葉色の花の刺繍が散ったワンピースで初訪問するフローレンスを、正装して迎えるエドマンド。いささか緊張感の漂うお茶の時間も、本の話題でほぐれてゆく。無類の本好き二人、互いに抱く尊敬の念が控えめな言葉や、暖かい眼差しのはしばしに滲み出て、これが世代を超えた稀有な出会いであることを示唆している。
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文=大野 左紀子

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