高い志は誰かが引き継ぐ。小さな書店の女店主の挫折と希望

映画『マイ・ブックショップ』で主演を演じたエミリー・モーティマー(Photo by Ernesto Distefano / Getty Images)


だが、自分が密かに狙っていた物件をフローレンスに取られて腹の虫が収まらないヴァイオレットが、権力に任せてさまざまな妨害工作を始めるあたりから、雲行きはどんどん怪しくなっていく。

アートセンターに講演会や演奏会などで著名人を招き、人々の社交の場の中心に自分を置きたいのであろうヴァイオレットと、一人の静かな読書の時間でそれぞれの中に育ってくるものを大切にしたいフローレンスとは、ものの感じ方や考え方が正反対だ。

まさかと思うような出来事が立て続けに起きて、フローレンスが孤立し窮地に追いやられていく一連の場面には、底冷えのしてくるような寒々しさが漂う。

高い志は必ず誰かが引き継ぐ


ここにあるのは、志ある個人の店が資本と権力によって潰されていくという悲惨さだけではない。右に倣えで黙って長いものに巻かれる人々の冷淡さや鈍重さ、生まれた文化を大切に育くむことを知らず、金勘定と日々の生活に追われるだけの圧倒的な精神的貧しさが、この悲劇の根底にある。

こうした中で、力尽きそうなフローレンスと彼女を助けようとするエドマンドが海岸でひっそり会うシーンは、この作品中でもっとも強く心に刻みつけられる。

岩だらけの寂寥たる冬の海岸、黒っぽいコート姿で佇み、絞り出すように言葉を交わす二人、そのはるか後方を横切っているのは青い水平線のみ。孤独な魂と魂が寄り添う最初で最後の、息をのむほど美しい場面だ。

高い志は、どうしようもなく深い失意のうちに敗北する。だがすべての希望が消滅したのを見届けたラスト近く、私たちは突然、意外な者の恐れを知らない、ほとんど革命的と言ってもいい過激な行為に驚かされる。

場所は、一度失われたら二度と元には戻らない。しかし高い志は必ず誰かが引き継ぐのだ。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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