創造性を育む「毒」との対峙の仕方。ポストコロナに向かうべきは超清潔社会か

トマトはイタリア語でポモドーロ。意外にも200年もの間、食用ではなかったとされる。(GettyImages)


毒がある植物を時間をかけて食用にしてきたという歴史は、実は日本にもたくさんある。

東北では栃の実が有名だ。餅などにするこの栗に似た実は、毒性もあるサポニンという成分が多く含まれ渋みが強くそのままでは食べられない。

南の地域では、奄美大島や沖縄などに見られるサイカシンという毒があるソテツが挙げられるだろう。一般には観葉植物としてよく知られるが、南の島々ではソテツの実や幹からデンプンを取り出し、庶民の命をつなぐ救荒食として大切にされてきた。サポニンにしろ、サイカシンにしろ、これらの植物の有毒成分を無害化するには、流水にさらし発酵させるなど膨大な時間と手間がかかる。

私は世界各国の食文化の専門家を相手に、このような日本の地域の伝統的な知恵を学んでもらう教育プログラムを展開しているが、木灰液や麹などを駆使して、食べられないものを何とか食べられるようにしてきた日本人の知恵を紹介する度に驚かれる。植物資源は世界中にあるのだから、これらの知恵が世界レベルで積極的に交換されれば、食糧不足に悩む地球のサステナブルなソリューションとして応用も期待される。

ちなみにソテツは日本だけでなく、アフリカやメキシコ、オーストラリアでは原住民のアボリジニが伝統的に食用にしている。他にも毒性あるものを活かしてきた、生きる知恵は世界中にあるだろう。


歴史上、人類は試行錯誤を繰り返し、食べ物の多様性を広げて進化してきた。(GettyImages)

毒を完全排除する社会に進化があるのか


かつて人間は毒があるものにも対峙し、創造力を駆使し、試行錯誤を繰り返し食べ物の多様性を広げながら進化してきた。それが昨今はどうだろう。毒を徹底的に社会から遠ざけ、排除し、食においての危険はほんの少しも許容できない。それが現代社会の人間とシステムになりつつある。

食のグローバル化がその動きを加速してきた。

例えば和食に欠かせない鰹節は、いぶす製造過程で発がん性物質「ベンゾピレン」が生成されるからEUに輸出できないという話があった。しかし、この制約をバネにした方がいいことも紹介したい。築地の老舗鰹節生産者「和田久」が果敢に毒とみなされた鰹節の限界に挑み、自らスペインへ移住し創意工夫を凝らし、EU基準であらたな生産手法を編み出したのだ。鰹節が異文化によって毒と見なされる事態になったからこそ生まれた現代のイノベーションのひとつだ。
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文=齋藤由佳子

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