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2020.06.08

西洋優位の出版文化ヒエラルキーに挑む『アジアからの仕掛け人』

KUALA LUMPUR, MALAYSIA - 24 JAN 2016 : Batu Cave temple full of devotees fulfilling their pilgrimage during Thaipusam festival. Shutterstock


世界の出版文化ヒエラルキーは「西洋優位」


ひるがえって、翻訳大国と言われる日本の状況はどうか。

実は、日本で翻訳出版されている原書のほとんどが欧米の書籍である。過去20年近く翻訳出版プロデューサーとして2000冊を超える翻訳書に直接、あるいは間接的に関わってきたが、そのうちおよそ9割が、英米で発行された書籍からの翻訳だ。その他は、ドイツ語やフランス語、韓国語や中国語の書籍がちらほらある程度。

とはいえ、日本だけが英語圏の書籍に偏っているわけでもないのだ。アメリカやイギリスで発行された英語の話題書は、日本を含むアジア諸国のみならず、ヨーロッパや中東、南米にいたるまで、それこそ非英語圏の出版社は拝まんばかりの姿勢で買いに走る。

世界の出版界には、ニューヨークやロンドンを頂点としたヒエラルキー構造がある。ニューヨークやロンドンを拠点とする「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる大手出版5社から発行される鳴り物入りの作品は、刊行前から世界各国で翻訳出版される前提で計画が立てられていることが多い。つまり、英語圏の大手出版社の書籍は、最初から各国の言語に翻訳され、広大な市場で読者を獲得することが約束されているわけだ。


インドネシア、ジャカルタ郊外の古書店にて。

私は長年にわたりこのヒエラルキー構造を見ながら、アフリカとアジアを合わせると世界人口の7割近くを占めるこの21世紀に至っても、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにランクインしたり、彼の地の著名人が執筆する本を血眼で追い求める、私たち非英語圏の出版人の姿勢はいかがなものだろう、という思いを常々持ち続けてきた。

日本の本を世界に売り込むなかで


英語圏からのいわば輸入超過に対する問題意識のなかで、私はこれまで15年以上にわたり、「自分の著作を海外にも売りたい」という意欲を持つ日本人作家と組んで海外展開を積極的に仕掛けてきた。つまり、版権の「輸出」である。

英語圏への輸出はとくにハードルが高く、それこそ大河の流れに逆らって遡上するサケのごとく、とてもハードな営みではあるが、私がエージェントを務めさせていただいている田口ランディ氏や白石一文氏らの作品のいくつかは英訳版も出版された。

近年では、私が関わったある脱北者の手記の英訳版が上述のAmazonCrossingから出版されたところ、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにランクインを果たし、アマゾンのカスタマーレビューが5000件を超えるという凄まじい反響を引き起こした。

こういった海外展開を進める中、さらにここ数年は、芥川賞作家の中村文則さんや綿矢りささんとシンガポール作家祭を訪れたり、田口ランディさんとミャンマーでの文化交流事業に参画するなど、人口の年齢構成が比較的若く、成長著しいアジア各国との交流も増えてきて、気がつけば、フィリピンやインドネシア、マレーシアといった国々の作家や関係者とのネットワークが出来上がってきた。

とくにインド出身の女性が運営する著作権エージェントとは意気投合するなど、私の意識は急激に「アジア」に引き寄せられていく。

実は私は20代の頃、5年ほどハリウッドに住み、全米最大の東洋系演劇集団「イースト・ウェスト・プレイヤーズ」で俳優修行をしていたことがある。「いつの日か、白人を頂点としたハリウッドのヒエラルキーに風穴を開ける!」という気概を共有し、「同じ釜の飯」を食ったアジア出身、あるいはアジア系アメリカ人俳優仲間とともに歩むことで芽生えた「オールアジア」という同胞意識は、間違いなく今の自分の下地になっていたように思う。
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文=近谷浩二 編集=石井節子

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