飲食店だけがツラい状況にあるとは思っていない
小田:なかなか明るいニュースもなく、先が見えづらい状況だと思いますが、BAR トーストは今後をどう考えていますか?
佐伯:自粛要請が緩和されたときに向けて、いつも通りに店をオープンできる準備をしておきたいと思っています。大したことではないですが、しっかり掃除をしたり、自粛中に考えた新しいメニューを練習したり、新しいお酒を揃えたり。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大によって飲食店だけがツラい思いをしているとは思っていません。むしろ自分より大変だったお客さんの愚痴やストレスを受け止められる気持ちの準備をしておきたいと思いますね。それが自分にできることですし、そういった思いを受け止めるためにバーはあると思っているので。
小田:気持ちの準備……。すごく良い表現ですね。
佐伯:緊急事態宣言が発令される直前、お世話になっているバーのオーナーが、「いま自分たちは試されているんだ」という話をしてくれたんです。
自分たちの業態は悪いことをしているわけではないけれど、しばらく休業せざるを得ない。ただ営業が再開されたら、自信を持ってサービスを提供していく。そのためにオーナーとして、どうすれば従業員や店を守ることができるのか。それを試されているんだと。そのときの自分はコロナに対して理不尽な気持ちしかなく、素直に言葉が入ってきませんでした。でも、普段飄々としている人がすごく真剣に話をしているのを見て、大切なことなんだなと思い、心の片隅に言葉を留めておいたんです。
小田:何がきっかけで考え方が変わっていったんですか?
佐伯:日々思い悩む中で、ふと立ち止まって考えてみたんです。なぜ自分は、BAR トーストを始めることにしたのか。理由はいくつかあるのですが、その中のひとつに「笑顔になってもらいたい」というのがあって。BAR トーストに来たらお客さんに1回は笑ってもらって帰ってもらうぞというのが、僕の中で勝手に決めたルールなんです。
その原点に立ち返ったとき、「こんな世の中だからこそみんなに笑ってもらえるようにしなければ」と考えられるようになって。そのために、いまはしんどいけど潰すわけにはいかない。自分は店を守るためにできることをやらなければいけないと思えるようになりました。
佐伯:いま、多くの人が自粛生活の中で笑顔を失っていると思うんです。私は大きな声で「ガハハ」と笑うことは生きていく上でとても大事だと思っています。でも今は家に籠って動画を見て「クスッ」と笑うくらいしかできない。そういう人たちと、自粛が緩和されたとき、トーストでたわいもない話をしながら、みんなで大声で笑い合いたい。その場所を残すために、何としてでもお店を残さねばと思いました。
自分に余裕がないと、人のストレスは受け止められない
小田:みんなが笑い合え、楽しめる。夜の街が提供できる価値って、そういったものじゃないですか。街に喜怒哀楽がある。それがすごく良かったんだな、と改めて思います。
佐伯:それで先日、いまだからこそ出来る取り組みのひとつとして「YouTube飲み会」に参加しました。「Night Order」プロジェクトに協力してくれている「bar Toilet」のオーナーに誘われてやってみたのですが、自分自身が一番楽しかったんですよ。久しぶりに会う人や、転勤になって店に来れなくなったお客さんも参加してくれて。よく笑ったし、よく飲んだ。その時に気づいたのは、自分が笑顔でないと、人を笑顔にできないということ。自分に余裕がないと、人のストレスを受け止められないなと思いました。
小田:先ほど言っていた、気持ちの準備ですね。