ライフスタイル

2020.05.11 19:00

人生に「上質な空白」を

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第55回。バー、レストラン、割烹とひととおり飲食業に携わった筆者が次に開いたのは、会員制ビストロ。その店名には、ふたつの意味合いが込められていた……。


食べるのが好きだ。それはおいしいものが好きという意味でもあるが、以前も書いたように、「飲食」は寒い日の焚き火のように、たくさんの人を集められるし、幸せな気持ちにさせる。これほど強力な引きのあるものはちょっとほかに思いつかない。

そんな想いが縁を結んでくれるのか、これまでにバー「ZORRO(現「月下」)」、ビストロ「タワシタ」、オープンカフェ「RANDY」、フレンチレストラン「SUGALABO」、京都の老舗割烹「下鴨茶寮」、鯛焼き「まるきん」(以上、連載第9、29、33、34回に詳しい)と、飲食業の経営やプロデュースに携わってきた。そして2019年10月、満を持して(!)、『Forbes JAPAN』のCEO兼発行人である高野真さんと共同で、会員制ビストロを東京・東麻布にオープンした。

会員制にしたのは、商売優先の店ではなく、好きな仲間だけを集めて、最高に居心地のよい空間をつくりたかったから。東京の最近の人気店は、1. 予約がとれない 2. シェフの“作品”をありがたくいただく 3. 料金が高い というのが多いが、我々はこの真逆を行く。つまり、1. いつでも予約がとれる 2. シェフがお客様のどんなワガママも聞いてくれる 3. 誠実な価格設定 を目指し、その実現には会員制がふさわしいという結論になった。会員数は50名限定。何カ月かやってみて、あまりに理想と違ったら、数の増減も視野に入れる。

店の名は「blank」とした。由来はふたつ。ひとつは、「豊かな人生には、上質の空白が必要である」という自らの想いから。もうひとつは、「この店のシェフ名は常に空欄である」というスタイルからである。

もちろん、専属シェフはいる。山田ゴローという、僕の元運転手だ。彼は放送作家を目指していたのだが、あるとき早朝会議にいらっしゃる方々のために料理をつくらせたら、意外と上手だった。料理学校も出ておらず、老舗レストランや海外で修業もしていないけれど、ゴローには「一度食べた味を再現できる」という特筆すべき才能がある。そこで「blank」の専属シェフになってもらったのだ。会員はゴローに食べたい料理を頼んでもいいし、自ら懇意のシェフを連れてきて、ゴローにアシスタントをさせてもいい。僕はもっぱら店の隣のスーパーで大好きな竹輪を買って「竹輪の磯辺揚げ」をオーダーしたり、サッポロ一番塩ラーメンをさらにおいしく食べる研究をさせたりしている。

いわば「会員制ビストロという体裁の、とても緩いジェントルマンズクラブ」のような、気の置けない仲間と集まれる秘密基地のような感じ。儲けを考えなくてよいと本当にいい店をつくれるんだな、ということを日々実感しています。
次ページ > 「休むこと=悪」と思っていたのだが…

イラストレーション=サイトウユウスケ

タグ:

連載

小山薫堂の妄想浪費

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事