親歴20年、上司歴10年、部下140人。乳がんを経た私が、コロナ危機に必要だと思う「力」

北風祐子さん(写真=小田駿一)


今回の異動に際して、前の部署での最終日に、当時の部下たちが、言葉を寄せてくれた。

「いちばん忙しい北風さんを見ていたからこそ、部員たちは自分の忙しさなんてまだまだだ、と思ってやっていました。ママ部員が多かったからこそ、みんな公私ともに北風さんの背中を追っていました。あの時期の北風さん、北風部は、正直『凄み』があったなあとしみじみ思います」

そして、ずっと保存していたという、当時の部員たちに宛てた私のメールを見せてくれた。

「2015年10月1日

物理的に時間がないことは、悪いことばかりでもなくて、

本当に大切な物事がわかり、優先できるようになる。

無理なものは無理なので、悩まなくなる。

仕事や家事がスピードアップする。効率化のワザが身につく。

時間のありがたみ、優しい人のありがたみが身にしみる。

子どもが大きくなってラクになったとき、ああつらかったけど逃げないでよかった!としみじみと振り返れる。

そして、意外と子どもも強く成長し、支えてくれるようになっている。」

小さい子どもを抱えるママ部員たちが、なんとか分担して仕事を続けることができるように、ママでない部員だけにしわ寄せがいくことのないように、ない知恵を絞っていた。当時私の子どもたちは中高生になっていたので、彼女たちの苦労に比べれば楽だったし、「今が一番たいへんな時期だから、なんとか切り抜けてね」というメッセージを伝えたかった。

仕事と家事と育児のカオスに有効「シングルタスク切り分け法」


ワークライフバランスという言葉にも違和感がある。そもそもワークはライフの一部なので、バランスさせる関係にはない。さらに言えば、仕事とプライベートを分けられるのは、時間に余裕のある人だけだ。保育園のお迎えなどは、仕事が終わらないまま帰らざるを得ない場合が多いので、家に帰っても仕事のことをきれいさっぱり忘れられることなどない。料理中に企画書のなかみを変えたくなる。子どもが悪さをすれば、職場にまで電話がかかってくる。仕事も家事も育児も、頭の中では渾然一体となっている。カオスなのだ。

では、どうやって乗り越えたか。

まず、マルチタスクができるかもしれない、という幻想を捨てる。そして、やらねばならない膨大な物事を細切れに切り刻み、シングルタスクの集合体にするのだ。そして、とにかく先のことを考えず、目の前の一つだけをやる。一つ終わったら、また一つ。一気に全部やろうなどとは思わずに、一つできたら自分をほめてあげる。そして次の一つに取り組む。

シングルタスク切り分け法は、がんのショックから立ち直るときにも有効だった。いつまで生きられるか、などという神のみぞ知るようなことを考えたりせずに、今この瞬間にできることだけに一つずつ取り組んだ。顔を洗う。化粧水をつける。財布に診察券と保険証をしまう。靴を履く。外に出る。鍵を閉める。歩いて駅まで行く。電車に乗る。病院までたどりつく。呼ばれたらドアを開ける。先生に挨拶する。といった具合に。手術のために病院に向かう日も同じ。手術室を想像したりすると、恐怖で足が動かなくなってしまう。動揺した精神状態なので、これくらいタスクを細かく刻むと、次第に無心に近づいてきて、体を動かすことができるようになる。

このシングルタスク切り分け法は、人に対しても有効だ。人も切り分けて考える。分解してしまうのだ。例えば職場に強烈なマウンティングおじさんがいたとする。業務上、このおじさんから逃げることはできない。ここで、マウンティングという行為をおじさんの全人格とセットにして見てしまうと、うんざりする。が、グルメなところ、娘さんの話をうれしそうにするところ、御礼を言うと恥ずかしそうにするところ、と切り刻んでいき、マウントする動機の部分だけ切り出して、なぜかを探っていくと、実は組織を変革したいという熱いハートが隠れていたことを発見する。逆に自分にはそこまでの組織愛はない。となると、マウンティングという行為に対しても、好きにはなれなくても、寛大にはなれる。
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文=北風 祐子

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乳がんという「転機」

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