再審請求書は「T氏の異変を発見したS看護師は、とっさに痰詰まりによる窒息に思い当たったと思われる」と推測し、S看護師の虚偽の説明やK看護師への威圧的な口調に加え、看護師らで人工呼吸などの救命をしているときに彼女がとった不可解な行動についてもこう書き加えている。
「(死亡した)T氏に対し、必死の救命措置をしている緊急事態において、Sは自ら痰吸引をしただけでなく、心臓マッサージをしていた別の看護師に指示して痰吸引をさせている(当然、心臓マッサージは中断することになる)」
いずれも裁判資料に基づいており、筋道が通っていた。
「アラームが鳴った」という証言はゼロなのに
滋賀県警は、S看護師の嘘に踊らされたのだ。しかし、そうだとしても、アラームが鳴らなかった、という事実にきちんと向き合えば、末期の患者が自然に最期を迎えた、という、当たり前の可能性に気づくはずだった。
病棟の同じフロアにはその夜、看護師らのほかに、他の入院患者、付き添いの家族がいたが、誰からも「アラームが鳴った」という証言は出てこなかったのだ。
アラーム音は鳴っていないのは明らかだった。(Shutterstock)
当直者3人のうち、仮眠中で責任を問われる立場にはなかったK看護師はこう証言していた。
「どれだけ考えてもアラーム音は鳴っていなかった。仮眠室は2つ隣の部屋にあり、たとえ仮眠室のドアを閉めていても、人工呼吸器のピ・ピ・ピ・ピ・ピという大きな音を聞き逃すはずはない。私の仮眠中に人工呼吸器は鳴っていないと言えます。一回もアラーム音は聞いていない」(調書)
高齢の夫がT氏と同室だった女性(79)=当時=はこうだ。
「夫は、耳は良く聞こえていたと思います。私は、人工呼吸器が外れれば大きな音が鳴るはずでしたので、主人がその音を聞いているのかもしれないと思い、『おじいさん、Tさんのピーピーって鳴ったん知ってたんか』と聞いてみたところ、主人は首を横に振っておりました」(調書)
同じフロアで喘息(ぜんそく)の三男(3)が入院し、夜通し看病していた母親(28)=当時=も断言している。
「病棟は静まりかえった状態で、ブザー音、アラーム音、その他の物音、足音、人の声等、記憶に残るほどの何らかの大きな音を聞いた覚えはありません」(調書)
しかし、捜査本部は立件の核になる「チューブが外れていた」というS看護師の供述に合わない証言は無視した。
私は角記者にこう聞いた。「外れていた、のまま、最後までいっちゃたの?」