その晩はS看護師とK看護師、西山さんの3人が当直で、K看護師は仮眠中だった。
午前4時半、「そろそろ行こうか」。看護師が西山さんに声をかけ、病室の巡回のため、ナースステーション(NS)を出た。未明の病棟はしんと静まりかえっていた。
最初に入ったのがNSの目の前にある22号室。病態が末期で人工呼吸器を装着した患者は、医療スタッフが即応しやすいようNSに最も近いその部屋にいた。呼吸器のアラーム(警報)音を聞き逃すことがないよう、ドアは開け放たれていた。相部屋で、入り口すぐの右側に、8カ月前に心肺停止状態で入院し、植物状態で眠り続ける男性患者Tさん(72)がいた。
西山さんに続いて入室したS看護師の目に、顔面蒼白で目を見開き、口を開けたTさんの姿が飛び込んできた。「あっ」。S看護師は小さく叫び、病室にいた西山さんに「アラーム、鳴らなかったよね?」と言った。駆け寄った西山さんは「はい。鳴ってません」と答えた。
痰の吸引を怠った責任を恐れた看護師
アラームはチューブの接続部分が外れたり、患者の痰が詰まると、チューブ内の気圧の変化を感知して作動する。ピ・ピ・ピという目覚まし時計並みの音量だ。聞き逃すはずはない。しかし、S看護師は慌てふためき、人工呼吸器のチューブの接続部が外れていないか、両手で確かめながら、すぐに、西山さんに仮眠中のK看護師を起こしに行かせた。
末期患者が息を引き取り、装着した人工呼吸器が酸素を送り続けている状態は、終末期の患者が迎える死の場面として、特段珍しいことではない。S看護師が慌てたのは、2時間おきにする痰の吸引を怠っていたからだと思われる。彼女は当初、午前1時の痰吸引は自分が、3時にはK看護師がやったかのように説明していたが、第2次再審弁護団の再審請求書はこう指摘する。
「S看護師は、仮眠に入る前の午前1時に痰吸引をしたと供述するが、これは虚偽である。K看護師は(Sが)零時30分、請求人(西山さん)も午前零時過ぎに既にSは仮眠に入っていた、と述べている。Sは痰吸入に殊更こだわっていたが、看護記録には午前1時の痰吸引の事実を記載していない」
午前3時の痰吸引も否定した。
「SはK看護師に対し『午前3時に痰の吸引をしてくれたよね』と、Kがこれを否定できない口調で迫り、そのとおり看護記録に書いてしまった。これは、痰吸引を怠ったことが理由で自らに責任が降りかかることを恐れ、それを避けるためにした行動であるとしか理解できない。上記の『午前1時に痰吸引をした』旨の供述も、同一の目的によるものであろう」