フェイク情報に踊らされる。捜査バイアスが冤罪の流れを加速した|#供述弱者を知る

連載「#供述弱者を知る」サムネイルデザイン=高田尚弥

脳死に近い人が「瞳をギョロギョロさせて口をハグハグした」という医学的に信じがたい供述、「刑事さん、私は本当に悪い女ですね」という、昭和の刑事ドラマのようなくさいせりふ。

迎合性が強い元看護助手の被疑者が、刑事を好きになってしまい、供述調書を刑事の思い通りに作成され、その「自白」の信用性が一審の大津地裁(長井秀典裁判長)できちんと検証されないまま、懲役12年の判決を受けた。そして出所まで1年を切っても、無実を訴え続けている。

2016年9月、中日新聞大津支局で、角雄記記者(37)から事件の全体像を聞き、7回もの裁判で有罪認定されていることが、信じ難かった。

(前回の記事:供述調書は迫真性ある作文。検察側も彼女の「迎合性」を認めたのに

発生当時から改めて順を追って聞き直すと、誤った事実をもとに筋書きを立て、それに合わない情報を無視する初動捜査の「迷走」が見えてきた。

「チューブが外れていた」という嘘の始まり


患者死亡の初報は、病院の発表。その中で後々まで尾を引きずったのは、死亡に気づいた第一発見者のS看護師(当時35)が「チューブが外れていた」と嘘をついたことだった。

当時の中日新聞は、「呼吸器外れ男性死亡/滋賀の病院 警報器作動せず」という見出しで、次のように報じていた。

「滋賀県湖東町(現東近江市)の湖東記念病院は22日、人工呼吸器を付けていた入院患者(72)の容体が急変し、死亡したことを明らかにした。発見時、人工呼吸器のチューブが外れていた。同病院は『チューブが外れると鳴るはずの警報が鳴らなかった。医療上の過失はなかったと考えている』と説明。愛知川(えちがわ)署は人工呼吸器のチューブなどを押収、関係者から事情を聴いている」(2003年5月23日朝刊、一部簡略)

社会面の右側のページに2段の見出しで掲載された小さな記事だった。1段見出しであまり目立たないベタ記事扱いにしなかったのは「医療事故で事件になる可能性もある」との見通しからだろう。

再び、2016年9月、大津支局での私と角雄記記者との打ち合わせに戻ろう。「発見者の証言が嘘だった」という角記者の話に私は驚いた。

秦「チューブが外れていた、というのが嘘だった?実際はつながっていた、ということ?」

角「つながっていたと思います。最終的には、検察の起訴状も、確定判決も『つながっていた』という前提になっています。本人も一年後に『外れていた』の供述を撤回してます」

秦「じゃあなんで最初に『外れていた』って言ったわけ?」

角「過失を問われるのを恐れたため、と西山さんの弁護団は見ています」

秦「どういうこと?」

角「痰の吸引をやってなかったんです。それで、痰が詰まって亡くなった、と思ってとっさに嘘をついたんじゃないか、と。S看護師は『痰の吸引をした』と言ったんですが、実はしていなかったんです」

事件の夜を再現すると、次の通りだ。
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文=秦融

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