「アジアのベストレストラン50」で選ばれた3人のシェフが語る現在と未来


料理界への長年の貢献に与えられる「アイコン賞」を受賞したのは、京都・菊乃井の村田吉弘シェフ。いま世界で全盛の「旨味」や「出汁」を使った料理を広めた立役者でもある。

文部科学省のプロジェクトで、自身が代表を務める日本料理アカデミーを通して、世界のシェフたちを日本に招聘し、菊乃井を始めとする厨房を体験してもらうなどの活動で、世界に日本料理の洗練された旨味を知らしめた。

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「菊乃井」の村田吉弘氏

「世界のベストレストラン」でこれまで4度も首位に輝いた「Noma」のレネ・レゼピシェフも、このプロジェクトがきっかけで出会った出汁の世界に魅了され、トナカイの干し肉とデンマークの海藻でつくった出汁を使った料理を提供するなど、世界の料理の潮流にも影響を与えた。

いまや世界にはさまざまな食材を使った「出汁」が存在するが、村田シェフによれば、出汁の定義は「複数の旨味成分を組み合わせ、カロリーが限りなくゼロに近いもの」を指すのだという。

世界のトップシェフとの交流は、従来の日本料理にも革新をもたらしている。村田シェフは、友人でもある「El Bulli(エル・ブジ)」のフェラン・アドリアシェフが取り入れた科学的な視点を通して、従来「伝統」としてそのまま受け継がれてきた日本料理の工程を検証している。

「例えば、昆布だしは、200年前から水に昆布を入れて、沸点近くまで約30分まで温度を上げていくというのが定説でした。しかし、80度以上になると増粘多糖類が出て、グルタミン酸の抽出ができないことが判明。いまは60〜65度で1時間加熱し、グルタミン酸の抽出量を3割アップすることができるようになりました」

こう語る村田シェフだが、そんな科学的アプローチを取りつつも「いちばんのご馳走は、頭の中でイメージしたもの」だと考えている。

「茶道は懐石料理にも大きな影響を与えたが、茶室で『吉野山です』と、白い和菓子の上にほんの少しだけ桜色で染めたものが供されて、掛け軸などを見ていると、満開の桜の花の下でお茶を飲んだ気分になる。そんな余白を感じさせる奥ゆかしさが、日本料理だと思うのです」

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村田シェフは、フォワグラやトリュフなど従来の日本料理になかった食材も取り入れるが、いわゆる「フュージョン」との違いは、「奥ゆかしさ」の文脈のなかで、そういった食材を、主役ではなく、調味料として扱うことだ。

「フランス料理のフォワグラのポワレが美味しいからといって、焼いてうなぎのタレで出してしまったら、それは日本料理ではなくなってしまう。私なら、例えば、ユリ根饅頭のなかのウズラの餡に少しだけフォワグラを入れておく。食べた人が気づくか気づかないかの塩梅が、日本料理なのです」

その奥ゆかしさ、品位を保つための一種の緊張感が、失われてきているのではないかという危機感もある。

「少し前にあった、高級食材を山盛りにすればいいという風潮には疑問を感じますし、飲食店の価格にしても、妥当な値付けがあるはずです。新型コロナでいまはたいへんな時期ですが、これを境にして、業界全体が、品位を取り戻してくれることを願います」

新型コロナウイルスにより、私たちは「当たり前」の価値観を変えることを余儀なくされている。特に、飲食業界にとってこれまでにない逆風が吹いていることは間違いない。受け継がれてきた「食の豊かさ」を絶やさず、次世代につないで行くために──シェフたちの話には、そのための大切なヒントが、隠されているように思えた。

文=仲山今日子

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