「場」の価値が揺らぐ。軍地彩弓が見出す、コロナ禍における「D2C」の可能性

ファッションエディターの軍地彩弓


数値目標にとらわれたブランドが辿る末路


ブランドを実店舗展開する際にも、その熱量をうまく伝えられるか。それが、D2Cをスケールさせる一つのキーファクターになります。その成功例として挙げられるのが、アメリカの「Neighborhood Goods」や「Showfields」といった「D2Cの百貨店」です。たとえばShowfieldsは2019年3月にオープンした4階建ての複合施設で、D2CブランドはSOHOのど真ん中に実店舗を開くことができます。


Showfieldsホームページより

Showfieldsのスタッフと話していて印象的だったのは、「数値目標を話しているようでは、クリエイティブになれない」という言葉。D2Cブランドはあくまで、その売上の多くがオンラインで計上されるもの。Showfieldsへ出店するあたり、どのくらいの人が店舗を訪れ、そのうち何割が商品を購入し、そのためにどのくらい在庫が必要か……という話はするものの、売上目標については一切話をしない。

「○ドル売り上げなきゃ」と、買うつもりのなかった人に売りつけるほうが、ブランドにとってリスクになるというのです。ブランドとユーザーのコミュニケーションをより良くするためにこの場所を提供している、という意図が明確にあるのです。

ただ、D2C市場が先行するアメリカでは、早くもD2Cブランドの淘汰が起こっています。一部にはスタートアップ特有の──スケールさせてバイアウトを目指す「一発逆転」的な発想にとらわれ、その本質を見失ってしまうところもあるようです。

米国総合小売チェーンのウォルマートに買収され、大規模な出店攻勢を行なったものの、コモディティ化して売上が伸び悩み、ブランド価値が毀損されてしまったメンズアパレル「Bonobos」はその実例でしょう。事業のスケールを目指すことは経営者にとって当然の心理ですが、それに伴いブランド本来の良さを失ってしまうのは、ある種のジレンマと呼べるかもしれません。



日本のアパレル関連企業でも、実店舗での売上低下をなんとかしようと急ぐあまり、「イシュー(課題解決)のない」付け焼き刃的なD2Cブランドが生まれています。けれども重要なのは、本当に消費者の課題解決につながるプロダクトなのか。作り手が熱意をもって作ったものかどうか、ということです。

日本の小売業界は長らく、効率性を求めて数字ばかりを追いかけ、昨対比ベースで物事を考え、どこかのブランドでヒット商品が出れば、周りのブランドが真似して似たような商品を出し、どれも売れなくなるようなことを繰り返してきました。

百貨店やショッピングモールに行っても、お客さんが商品を手に取るやいなや、売上目標に縛られた販売スタッフが機械的に応対する。そんな状況では、消費者が何を考え、何を欲し、ブランドに何を期待しているのか、その心情が見えなくなっても仕方ありません。
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取材・文=大矢幸世 企画・編集=水野綾子+武田鼎 写真=栗原洋平

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