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ドキュメント 教育革命の最前線から


これからの教育に必要なこと


今回の新型コロナウイルス禍をきっかけに、副島さんは、これまでの教育についても、新たな疑問を抱えているという。

「あらためて、教育って何だろうと考えています。休校になってしばらくは、子どもたちが教育を受ける権利を奪われてしまったと思っていました。もちろん、教育の機会を等しく保障することは必要です。でも、私たちは果たしてこれまで、”どのような状況であっても主体的に学ぶことができる子どもたち”を育ててきたのでしょうか。

いま、子どもたちから『何をしたらいいかわからない』『ヒマすぎてつまらない』という言葉が聞こえてきます。

本来、子どもたちは、学校が休みになれば、『いままでできなかったことができる』『あの実験をやってみよう』『ずっと好きな本を読んでいられる』『ずっと絵を描いていられる』と喜ぶような、生き生きとした存在だったはずです。それなのに、教材を用意され、指示がなければ何もできない子どもたちが増えてしまったのではないかと思うのです。

僕が教員になったのは、ゆとり教育のときでした。ゆとり教育は、子どもたちが主体となって学ぶ教育を目指したはずでした。しかし、学力重視への揺り戻しがあり、子どもたちの主体性は吹き飛んでしまった。蓋を開けてみたら、指示を待っている子どもたちや、言われたことだけやるという子どもたちを育ててきてしまったのかもしれません」

今回の学校の一斉休校で、まさにそのことが露呈してしまったと副島さんは言う。

「自分で考え、学び、工夫する楽しさを見つけ、自分で行動することができる子どもたちを育てることができていなかったのではないかと、これまでの取り組みについて反省をせざるを得ません。教師として、30年間いったい何をやってきたのだろうと本当に悔しい思いになります」

しかし、このことを教訓として、副島さんは今後の教育の世界をしっかりと見据えている。

「学校が再開したとき、これまでの遅れを取り戻さなければならないと必死に知識を詰め込むような、学力だけに特化した方向に教育が進まないようにしなければならないと強く思っています。いまは、あらためて子どもたちにとって本当に必要な教育や学校の役割を捉え直すチャンスだと思うのです。

僕自身も、これからの教育についてしっかりと考えていきたい。大人の考えの範疇を軽々と飛び超えていくような子どもたちを育てたい。そのために何ができるのか。それが、これからの僕の大きな課題です」

今回の新型コロナウイルスに限らず、これまでの価値観や知識だけでは乗り越えることのできない難局がこれからも繰り返しやってくるだろう。そのときに戸惑わないために、新しい世代に何を伝えるべきなのか、そのために何ができるのか。いま一度、深く考え直すべきときが来ている。

「みんなが不安のなかにいるいまこそ、自分の力を誰かのために発揮して、苦手なことは誰かの力を借りて生きていける社会になればいいと思っています。そういう社会にしなければいけない。そのためにできることを、子どもの力を信じて、子どもの声に耳を傾け、子どもたちと一緒に考えていきたいですね」

新型コロナウイルスの感染拡大は、子どもたちへの教育を考え直す意味でも、私たちに大きな問いを投げかけている。

文=太田美由紀

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