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「装う」機会が失われるいま、消費者が本当に必要とするものは


今回の新型コロナウイルス危機を通じて思い出されるのは、2011年の東日本大震災。何よりも命を守るための行動が優先され、消費者の多くは、自分にとって「本当に大切なもの」は何だろうと、これまでの刹那的で享楽的な消費行動を見つめ直すこととなったのです。

日本において、必要最小限のものを所有するミニマリズムや、スニーカーやフラットシューズに着心地の良い服を合わせるアスレジャーやカジュアル化の流れが加速したのも、その一環だったと言えるでしょう。

人の価値観が大きく変わり、行動変容が起こるとき、災禍が大きなきっかけの一つになるのもまた事実です。私たちはこれから、どれほど楽観的に考えても、「After/Withコロナ」──新型コロナウイルスのある世界を生きていかなければなりません。こうして行動を制約され、自由な外出の機会が失われてゆくとき、「装う」「着飾る」といった言葉は、どういった意味合いを帯びてくるのでしょうか。

出かけることは、私たちにとってものを買うモチベーションの一つですが、この春は卒業式、入学式、入社式、あるいは結婚式といったイベントが、自粛による中止や延期を余儀なくされ、ドレスメーカーやブライダル運営企業など、いわゆるオケージョンビジネスが大きな打撃を受けています。


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「装う」機会が失われ、「着飾る」ための場がなくなったとき、多くの消費者が関心を寄せるのは、それが自分にとって「本当に必要なものかどうか」ということです。そしてその必要なものには、二つの方向性があります。

一つは、「フィジカル」に必要なもの。室内でも運動ができるスポーティアイテムや、ストレスフリーなリラックスウェア、機能性の高いアウトドアブランドなど。もう一つは「メンタル」に必要なもの。家で過ごす時間を充足させるようなインテリアアイテムや「この人にしか作れない」クラフトマンシップあふれたアイテムなど、大量生産とは対極にある「ストーリーのあるものづくり」で生み出されたものたちです。

ただなんとなく「流行だから」「安いから」「自慢できるから」買ったものではなく、フィジカル的にもメンタル的にもヘルシーさが感じられ、充足感をもたらすような「思い」のあるものへのシフトチェンジが、ますます進んでいくでしょう。

その流れからは、ラグジュアリーブランドもまた無縁ではありません。ここ数年、バーバリーが売れ残り商品の焼却処分を中止したり、グッチが事業活動においてカーボンニュートラル化を推進したりするなど、サスティナビリティにフォーカスするようになってきています。「ラグジュアリー」の意味するものが、単なる高品質高価格ではなく、消費者が手にしたときに充足感や付加価値が感じられるものかどうか、消費者自身がその世界観に共感できるかどうかになってきているのです。

取材・文=大矢幸世 企画・編集=水野綾子+武田鼎 写真=栗原洋平

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