パンデミック後の世界と日本の資本主義を考える


──日本にも、余暇を増やすべきだという人がいます。

そうした声は昔からあった。収入増が時短につながるという考えはいまに始まったことではない。(英経済学者)ケインズも、社会が豊かになれば週15時間労働で済むようになると言った。 だが、そうした考えは間違っている。私たちのニーズには限りがあるという前提に基づいているからだ。

テクノロジーが新製品を生み出すにつれ、私たちのニーズも増し、それを満たすために収入を増やしたいと思うようになる点を考慮に入れていないのだ。 実際、米国人の労働時間は、かつてないほど長くなっている。余暇を使ってオンラインで格安航空券を探すなど、余暇と「生産時間」の境界が曖昧化し、余暇と仕事を取り巻く考え自体が変化しているのだ。

民泊仲介サイト最大手の米エアビーアンドビーで留守宅を貸し出し、自宅を個人財産から「資産」に転換できるようになったのも、(余暇と生産時間に関する)大きな変化だ。いわゆる、自宅の「商品化」である。資本主義的生産関係が社会だけでなく、自分自身の一部になっている。これは非常に重要なことだ。

──「現代の資本主義社会には表裏一体の2つの特徴がある。原子化と商品化だ」と書いていますね。

料理や犬の散歩など、以前は家族や友人がやってくれたことを外部委託することが「商品化」だ。商品化の拡大は家族形成に影響を及ぼす。豊かになり、ニーズの大半を外部委託できるようになると、2人以下の家族でも支障がなくなり、世帯規模の縮小化が進む。これが「原子化」だ。

──デジタル化によってもたらされた「現代の資本主義社会」と、従来の資本主義社会の差は何ですか。

商業目的で余暇を使い、生産活動を行うという意味で、現代の資本主義社会は以前に比べ、資本主義の度合いが高まっている。例えば、30年前には、雇用主が従業員の自宅に電話でもしないかぎり、帰宅後の従業員にアクセスするすべなどなかった。だが、いまや24時間年中無休で連絡できる。つまり、資本主義性が強まったということだ。

──あなたは欧州系メディアの動画インタビューで、「スタートアップの面白い点は、資本家と労働者の役割が一体化しているところだ」と話しています。

冒頭で資本主義の3原則を挙げたが、このうちの一部は変容しつつある。好例がスタートアップだ。スタートアップは外部から資本を得るが、資本の提供者は起業家の機能を有しない。資金を提供される側が会社を興し、物事を決定する。 一方、従来の企業では、株主が、生産を管理する取締役会の解任や任命を行う。だが、スタートアップの資金提供者は、そうしたことをコントロールできない。

資本を持っていない個人が外部から資金を集め、使い方を決める。 今後、会社員が減り、自営業者やスタートアップが増え続けると、資本主義に大きな影響が及ぶ。1人の人間が資本家と労働者を兼ねるようになるため、「資本主義の支配」が起こるのだ。その結果、資本主義の標準的な特徴も変わりうるが、だからといって、人々の行動が変わり、自己の利益を度外視するようになるとは思わない。

資本主義に代わる未来のシステムが生まれるのではないかという声も聞こえてきそうだが、そんなことはない。変わりうるのは生産過程の組織化に関する部分だろう。
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インタビュー=肥田美佐子 イラストレーション=ポール・ライディン

この記事は 「Forbes JAPAN 6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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