そのうちの一組に、ソニーを率いた財界の雄と、『ローマ人の物語』で 知られる歴史作家がいる。同い年の2人は文通を通して互いを叱咤し、鼓舞し合う仲だ。初めて明かされる、出井伸之と塩野七生の20年にわたる交友──。本誌掲載記事から一部抜粋でお届けする。
クオンタムリープのオフィスには、入り口を入りすぐ左手に一枚の写真が立てかけてある。居間のような部屋で欧米人20数人がくつろぐ、A3サイズ大のパネル写真だ。1997年10月発行の米「ヴァニティ・フェア」誌に掲載されたもので、写真のタイトルには“The Own Private Things”とある。
その写真の前列に、ソニーの社長に就任して2年目の若き出井伸之の姿がある。他の人物を目で追うと、当時のマイクロソフト社長ビル・ゲイツや、投資家のウォーレン・バフェット、ワシントン・ポスト社長のキャサリン・グラハムなどが、カメラに笑顔を向けている。出井は写真の中で唯一のアジア人だ。
出井は当時を振り返り、懐かしそうに笑う。
「この写真を撮影する直前、僕はビル・ゲイツと意見が合わずに議論していてね。そうしたら、キャサリンが『若い人たちはいいわね』なんて僕らの中に割って入り、談笑を始めたんだ」
出井の交友関係はワールドワイドだ。ヤフー共同創業者のジェリー・ヤンとゴルフラウンドを共にし、 アリババ創業者のジャック・マーとは創業期からアドバイスし合う仲だという。
その出井が、「文通していたんですよ」と大切そうに取り出した書簡。それは、博物館の文化財のように丁寧にファイリングされていた。イタリアからの消印が押され、差出人は「作家・塩野七生」とある。
ナポレオンと牢獄のろう者との文通が話題に出たことがきっかけで、「私たちも文通しましょう」となったらしい。当初、出井は電子メールでのやり取りだと思っていたが、手書きの、しかも十数枚にわたる便箋が届き、驚いたという。
塩野からの手紙は、歴史を大局的に俯瞰する視点で書かれていた。これは、経営という海図のない航海を指揮する当時の出井にとって、実に示唆に富む助言となった。
2人が出会ったのは1998年12月。当時、出井はCS番組を持っており、そのゲストとして塩野が出演したのがきっかけだった。