確かに、チクタクアートの材料となる小さな歯車や古い時計のパーツの質感には、人の気持ちを惹きつけ、昂らせるものがある。とはいえ、伊藤さんは、闇雲にすべての廃材を使っているわけではない。
「チクタクアートは、『アップサイクル』という考えで取り組んでいます。リサイクルではなく、アップサイクルです。捨てられたものを、より価値を高めて再利用するということです。だから、自分が作品に使ってしまうことで価値が下がる素材は、絶対に使いません。そのままで価値があるものは、そのまま残しておいたほうがいいのです。例えば、懐中時計など、動かなくなってもそのもの自体に価値があるものは取っておきます。無理にチクタクアートに使っても、アップサイクルになりませんから」
店の差別化のために始めたチクタクアートは、いまやすっかり有名になって、伊藤さんの代名詞ともなっている。作品を見るためにお店を訪れる客もひきも切らないという。
シカ
スズメ(左)とインコ(右)
コリー犬
白鷹
「店の展示スペースには限りがあるので、順次作品の入れ替えを行なっています。自分のなかでは、作品には1軍と2軍があるんです。以前は完成したときに満足していた作品でも、腕を上げたいまでは納得のいかないものもあります。そのように2軍落ちした作品は、解体して、また別の作品に生まれ変わらせます」
多くの人たちを喜ばせているチクタクアートだが、もちろんそこには、時計職人ではなく、アーティストとしての伊藤さんの矜持もある。
「時計の修理は、どんなに高い技術をもってしても、外からは見えないじゃないですか。メガネだって、お店でおしゃれなフレームを扱っていても、それはデザイナーの作品です。だから、チクタクアートで自分のアイデンティティを残したいという気持ちもありますね」
少しも継ぐつもりがなかった時計屋を引き継いで、早5年。チクタクアートの作品や、オプトメトリストの資格が新たな呼び水となり、見事に代替わりを果たした「眼鏡・時計 いとお」は、順調に客足を伸ばしている。最近では、伊藤さん自らが全国各地を渡り歩いて仕入れたヴィンテージメガネのコレクションも、熱心なファンを抱えるようになってきた。
「今後は地域を巻き込んだ活動に取り組んでいきたいですね。鳥栖って、アートへの関心が薄い地域だと言われているんです。でも、市内にはクリエイティブな活動をしている人たちがたくさんいます。そんな彼らとネットワークをつくって、鳥栖を盛り上げていきたいです」
遠回りしたからこそ、見える景色もある。異色のキャリアを積んだからこそたどり着いたチクタクアート。ユニークな時計屋の2代目、そのアートな挑戦はこれからも続いていく。
連載:世界漫遊の放送作家が教える「旅番組の舞台裏」
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