なんと、時計の廃材から生み出されているのだ。
この「廃材アート」をつくっているのは、伊藤尚史さん。佐賀県鳥栖市で時計やメガネを扱う店「眼鏡・時計 いとお」の2代目だ。伊藤さんは、その職業柄、手元に集まる時計の廃材を利用して、4年ほど前から、これらのアート作品をつくり始めた。
「時計の廃材を使っているので、Tick Tack art(チクタクアート)と呼んでいます。これまでにつくったのは、全部で60個くらい。作品のモチーフは、ひらめきですね。1日で完成するものもあれば、2〜3週間かかるものもあります。お店の仕事もあるので、毎日、作品づくりをするわけにもいきませんし」
伊藤さんは、自らつくった作品を店頭で展示しているが、販売しているわけではない。来店するお客さんに楽しんでもらうのがその目的で、今後は広告やメディアへの貸し出しにも対応していきたいという。最近では、チクタクアートの知名度も上がり、近所の人からも「作品づくりに使って」と、廃材をもらうこともあるそうだ。
伊藤尚史さん。手に乗っているのは、作品のカエル
空白の3年間がアートにつながる
よくよく目を凝らしてチクタクアートを見てみると、ひとつひとつの部品は、やはり「機械のパーツ」に過ぎない。しかし、そんな小さな部品たちを、よくもイメージを膨らませて、アート作品へと昇華させたものである。
さすが時計屋さん、手先が器用なだけでなく、もともと芸術センスもあったのだろうなと想像していた。しかし、伊藤さんに経歴を聞くと、どうやら美術が得意だったというわけではないらしい。さらに話を聞くと、若い頃は家業を継ぐ気などまったくなかったというのだ。
「うちだけではなく、家業を継いだ人はみんなそうだと思いますよ。小さい頃から親の仕事を間近で見ていれば、その大変さはわかりますし。景気も悪くなってお客さんが来ないのに、お店を開けている意味があるのかなぁって思っていました。この先、食べていけるのかなという不安もありました。ですからまったく店を継ぐつもりなどなかったんです」
その言葉を裏付けるように、伊藤さんは普通の高校を卒業し、大学は商学部へと進学した。2003年に大学を卒業後は、すぐに就職をせず、バイクのツーリングに没頭する日々。時計からは縁遠い生活を送っていたという。
「自分では『空白の3年間』と言っているんですが、バイクで九州から北海道までを2往復したんです。九州で育ったので、北海道を周遊するというのは憧れでしたから。もちろん、そんなにお金もなかったので、当時は日本各地でいろいろな仕事をしました。札幌のススキノでも働いていましたし。そのときの経験や出会いは、いまや貴重な財産になっています。すごく楽しい経験でした。でも、心の片隅には実家の時計屋のことがあって。このままでいいのかなと……」
そんな気持ちを抱きながらも、3年間の旅を終えた伊藤さんが家業を継ぐまでには、まだ時間がかかった。九州に戻った後も、しばらくはフリーターとして過ごした。