嶋田:さきほどお話したノリさんにもこんなストーリーがあります。
ノリさんがZEBRAに入って1年ぐらい経ったある日、「あと2年ぐらい働いて恩返しをしたら、フランスに行ってパンを勉強したい」と言い出したんです。僕たちは「だったら、すぐに行くべき」と考え、人材を募集しているパン屋さんを世界中の感度の高い街から探しました。そして、数カ月後には、ノリさんはオーストラリアのパースにある“Harvest Boulangerie”にいたんです。
ノリさんがオーストラリアに渡ってから、さらに1年が過ぎた頃、彼のボスが日本にやってきました。ボスは開口一番お礼を言ってくれました。「素晴らしいスタッフと仕事する機会をくれてありがとう。彼は人柄も素晴らしいし、必ず30分前に来て掃除をしているんだ」と。
それからまた時が過ぎ、ノリさんはビザの関係で“Harvest Boulangerie”離れなければいけない時期が来ていました。僕はZEBRAの横浜店の構想が持ち上がったとき、ノリさんが必要だと思っていました。僕は迷わずメールしました。そうして、今、彼は横浜にいます。
曽根:マネジメント視点では何かありますか?
嶋田:マサチューセッツ工科大学名誉教授のサミュエル・ボウルズが書いた『協力する種:制度と心の共進化』(2017年、NTT出版刊)という本があります。大雑把にいうと、共同体が作られていくときに、秩序を保つために行われることが書かれた本です。「罰、監視、排斥」といった類の話です。そこには、僕の価値観とは正反対のことが書かれていました。
僕は関わる人が対等に付き合う場を作りたい。そして、良心と良心が付き合い、良心が加速する場。僕は、この本に書かれている秩序を保つための行為を絶対にしないと誓いました。
モチベーションを上げるのは「心理的安全性」
嶋田:以前、こんな事がありました。新入りのスタッフから「嶋田さん、ここには『早上がり』がないんですね」と言われたんです。そももそ、僕は「早上がり」という言葉を知りませんでした。いまでも、うちには「早上がり」はありません。これは仕事が見込みより少なかったときにスタッフの仕事を終了してもらうことを指す用語ですが、時給で働いている身としては、「当日の不利変更」以外の何ものでもありません。
経営上の収益の問題ではなく、僕はスタッフと事前に約束した時間に対しては、報酬を払う義務があると考えています。そして、その「早上がり」がないという心理的安全性は、スタッフのモチベーションとなり、お客様にも伝わっていると思っています。
曽根:お金の苦労はありましたか?
嶋田:愛車のポルシェを売っています(笑)。無借金経営で通しているのですが、二店目の橋本店をオープンしたとき、客数の見込みが甘かったんです。駅前なので、大丈夫だと思っていたのですが、立ち上がりが遅かった。2~3カ月キツい時期が続き、大事にしていた愛車のポルシェ911(997モデル)を売りました。
僕はデザイナーなので、ポルシェのデザイン、哲学が好きなんです。そして、愛車は手に馴染んだグローブみたいな存在でした。僕のポルシェが走っている「外景」を初めて見たのは、買取り業者が引き取っていくときでした。