スウェーデン新型コロナ「ソフト対策」の実態。現地の日本人医師はこう例証する

スウェーデン ストックホルムのレストラン。4月25日土曜日夜の様子(Shutterstock)


3. スウェーデンの最大の目的は、医療崩壊を招かないこと


久山:各国がいちばん心配しているのは医療崩壊だと思いますが、今スウェーデンの状況はどうでしょうか。基本的に医療はすべて公営のスウェーデンでは、普段から予算も人手も不足していて、風邪ぐらいでは受診できないことで有名です。わが家も夫が胆石の痛みで七転八倒したとき、手術は半年待ちだと言われました。重症患者が爆発的に増える可能性のある今回は、どのような対策が行われたのでしょうか。

宮川:医療崩壊を招かないためには、感染のピークを可能な限り低くし、医療現場のキャパシテイーを超えない患者数(殊にICU治療が必要な重症者)に抑えなければいけません。

久山:確かに、公衆衛生局が作成したこのグラフを何度も目にする機会がありましたね。左のグラフのようになるのではなく、右のようなカーブを描くよう、国民全員で目指しましょうと奨励されてきました。


スウェーデンの公衆衛生局が「奨励」するカーブ(右) 公衆衛生局のHPより 破線が医療の限界

宮川:具体的には、リスクグループの隔離に力を入れ、ソーシャルディスタンスを取ることも繰り返し指示しましたね。子供はクラスターにはならないという判断から、保育園や小中学校は休校にはしませんでした。共働きが基本のスウェーデンでは、休校することで、医療従事者など今必要な現場での人手が減るリスクも考慮されました。

久山:ICU病床数については、元々全国で526だったのが、現在は1050(5月4日時点)まで増えました。そのうちの509床が埋まっているそうですが。

宮川:新型コロナ以前のスウェーデンのICUベッド数は、人口10万人あたり約5.8床でした。これは、今感染の被害を最小限に抑え込んでいるドイツの5分の1程度で、これまでもICUのベッドが足りない状況はしばしば起こっていました。

しかし、まだ感染が拡大していない2月頃から、ICUのベッドを増やす計画が立てられていました。私の職場でもあるスウェーデン最大のカロリンスカ大学病院でも、以前の約5倍の200床程度まで増床されています。術後観察室がいち早くICUに改築されました。また、ICU治療が不必要な比較的軽症の患者用の入院ベッドも確保されました。一部の通常病棟を新型コロナ専用病棟にしたのです。それに伴って通常病棟のベッド数が減少したため、もともと予定されていた手術は大幅に削減されました。

手術に関しても、緊急のもの以外はできる限り延期することになりました。カロリンスカ大学病院では普段から癌の手術が多く行われていますが、癌の手術の中でも待てるものは延期されたり、他の治療法がある癌については治療法が変更されたりしています。また、例えば、乳癌の手術は全てストックホルム市内にある、新型コロナ感染者を扱わない私立病院へ委嘱しました。日本では考えられませんね。


ベッド数だけでなく、ICUで働く医師や看護師の確保も行われました。各臨床科の希望者や若手医師、麻酔科専門看護師、手術室専門看護師を始めとする看護スタッフを、ICU治療に当たれるように教育したり、全国から有志の医学生がトレーニングを受けて医療現場を手伝ったりと、各方面でスタッフの調達準備がされました。また、今回、ICUなどの最前線での診療行為につくことになった臨時スタッフには、220%の給与の支払いをすることになりました。

久山:そういった準備が功を奏して、現在のところ医療崩壊には至っていないのですね。

宮川:はい。ただし、通常の診療が著しく影響を受けているのは確かですね。
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文=宮川絢子・久山葉子 (編集=石井節子)

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