スウェーデン新型コロナ「ソフト対策」の実態。現地の日本人医師はこう例証する

スウェーデン ストックホルムのレストラン。4月25日土曜日夜の様子(Shutterstock)


5. スウェーデンの失敗


久山:スウェーデンでは新型コロナ死亡者に顕著な傾向はありますか?

宮川:まず先ほども言ったように、高齢者施設でのクラスターの発生ですね。施設の勤務者が感染源だと推測されています。スウェーデンはスポーツ休暇後の三月頭から急速に感染が拡大し、追跡調査は不可能と判断した時点で、PCR検査を抑制することにしました。そのときに、高齢者施設のスタッフなど、クラスターになりやすい施設の勤務者については、積極的にPCR検査を行っていれば、防げた可能性が高いですね。高齢者は重症化した場合も集中治療を受けられないので、多くが死という転帰を取ってしまいます。

久山:高齢者施設以外には、感染者や重症者に移民のバックグラウンドがある人が多いというニュースも衝撃的でしたね。この表を見ても、ソマリア系、イラク系、シリア系、トルコ系などの人々の感染者率が際立っています(注:フィンランド系の死亡率が高いのは、高齢者が極めて多いため)。


外国生まれのスウェーデン在住者の人口における各国出身者の割合(青)および感染者における各国出身者の割合(紫) 公衆衛生局のHPより

宮川:スウェーデンでは、移民のインテグレーションがうまく進まず、近年多くの問題が起こっています。スウェーデンに住んでいてもスウェーデン語を理解しない人や、独自の文化を維持しているため多世代家族であったり、行事などの際に大勢で集まる機会が多いなど、クラスターとなる要因が複数存在したのでしょうね。

久山:確かに、移民ではないスウェーデン人で三世代で同居している世帯というのは聞いたことがありません。高齢になっても介護士の助けを借りて独りまたは夫婦で暮らしているか、高齢者施設に入っているかのどちらかですよね。その点では移民ではないスウェーデン人のほうが高齢者との接触を避けやすいというのはあります。

また言語の問題ですが、移民の死亡率が高いことが明らかになったとき、多国語での情報が不十分ではなかったのではと政府はかなり批判されていましたね。その後迅速に多国語での情報発信が行われ、各宗教団体と協業して情報拡散に務めていました。スウェーデン語があまりわからない方々でも、同郷の仲間が多くいる宗教団体とはしっかりつながりがある場合も多い気がします。

宮川:ICU入室者も、どういう訳か移民のバックグラウンドがある人が多いというのが関係者共通の印象ですね。新型コロナ対策自体の失敗ではないですが、スウェーデンの移民インテグレーション政策の脆弱性がここでネガテイブに働いたのだと思います。一方で、移民であってもなくても、貴賤貧富の区別等しい医療が受けられるのは、スウェーデンの凄いところですね。

久山:スウェーデンが普段から大切にしている「人間には皆同じ価値がある」という民主主義の精神が、ICU治療の選択の場でも浸透しているのですね。でもこの場合にかぎっては、高齢者は別ということになりますか。

宮川:高齢者はICUへ入室できないというと、スウェーデンは「楢山節考」などと揶揄されることがあります。しかし、そうではありません。高齢者にかかわらず、若年者でも、予後が悪いと分かっていれば、通常からICU入室を許されないことは往々にしてあることなのです。医療資源は限られていますから、それをいかに有効に使うか、分配するか判断することは、スウェーデンの医療現場では重要なことなのです。

久山:なるほど。その一方で、治る見こみのある人については、経済力にかかわらず必要な治療を受けられるということですね。

宮川:スウェーデンでは、移民・難民であっても最低限の自己負担はありますが、全ての人に負担する医療費の上限があります。外来診療では一年間の支払い最高額は1150クローネ(約1万3000円)、外来処方薬は2350クローネ(約2万7000円)。入院では日額100クローネ(約1100円)の負担になります。つまり、低所得者や無所得者であっても、低額の負担でICU治療を含め、最先端の医療を受けることができるのです。
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文=宮川絢子・久山葉子 (編集=石井節子)

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