スウェーデン新型コロナ「ソフト対策」の実態。現地の日本人医師はこう例証する

スウェーデン ストックホルムのレストラン。4月25日土曜日夜の様子(Shutterstock)


4. スウェーデンの新型コロナ対策の影


久山:結局、スウェーデンの新型コロナ対策は成功したのでしょうか。ロックダウンはすべきだったのでしょうか。

宮川:これまでの感染者数、死亡者数を見ると、成功したとは言えないでしょうね。ただ、完全にロックダウンをしたイギリスなどと比べて、結果が劣っているわけでもありません。イギリスは3月23日にロックダウンしたのですが、それと比較してみると、それほど推移が変わりません。また、死亡者の多くが高齢者施設で発生していることを考慮すると、ロックダウンしなかったことにより増えたであろう死亡者数には、高齢者施設での死亡数を含めるべきではないのかもしれません。

したがって、現時点ではロックダウンをすべきだったのかどうかという判断はできないと思います。また、ロックダウンが長引く場合、どの程度の期間なら可能なのか、また、長期ロックダウンによる弊害についても考える必要があります。

イギリスとスウェーデンの感染者数推移


新型コロナウイルスによるイギリスとスウェーデンの感染者数の推移(3日平均、人口100万人当たり)

イギリスとスウェーデンの死亡者数の推移



新型コロナウイルスによるイギリスとスウェーデンの死亡者数の推移(3日平均、人口100万人当たり)

久山:医療崩壊していなくても、死者数はこれほど増えるものなのでしょうか。

宮川:繰り返しになりますが、死亡者の多くは高齢者施設で感染し、入院することもなく、あるいは入院してもICU治療を受けることなく亡くなった方です。また、高齢者の死亡率については複雑な事情もあります。医療崩壊を防ぐために、従来からICU治療の適応を厳しく規定しているため、高齢者が重症化した場合には、ICU治療を受けることはできないという情け容赦ない現実があるのです。

ICUで治療してもらえるのは、年齢相応に元気な80歳以下の患者さんです。こちらの表を見ても、80歳以上のICU 治療者の数は極端に少ないですよね。

スウェーデンの年齢別感染者数


年齢別の感染者数 青=ICU内での治療 紫=ICU外での治療

宮川:80歳以下であっても、余病があれば80歳以上と同じように扱われます。カロリンスカ大学病院では、患者さんが入院してから24時間以内に、ICU入室の適応があるかどうかを決めて書面化しなければならないという内規があります。社会庁の規定ではICUに空床がある場合には患者の選択をしないことなっていますが、新型コロナの発生以来、これまでICUは満床となっていなくても、このような選択は日々行われています。通常時でも同じような基準は存在しますが、今回のパンデミックに伴い、非常に厳格な線引きとなりました。

この書類は、新型コロナ発生で改めて配布されたものです。普段ならもう少しフレキシブルにやっていて、ある程度の期間の生存が見込めるのであれば高齢者であってもICUで治療します。


カロリンスカ大学病院の担当医師が、ICU治療を開始または終了する際のガイドライン

宮川: ICUの現場を見てみると、確かにベッドは足りているけれど、スタッフが足りているかと言えばそうではないこともあります。通常よりはるかに多いICUのベッドを回すのに、にわかにトレーニングし、あちこちからかき集めたスタッフにより医療行為が行われているのが現状なんです。

だからベッドがあっても、クオリティがそれに伴っているかは疑問が残りますね。少なくとも、ICU治療に熟練したスタッフではないのです。だから満床にはしたくないのだろう──と援護する気持ちもありますが、人の運命、つまりICUに入れるかどうかがいとも簡単に決定されてしまうことに、現場で心を痛めている医療従事者も多いのです。

ちょうどこの状況の中で、77歳の義父が脳出血を発症したのですが、発症以前の健康状態を知らない脳外科医が、初診医からの電話一本による説明で、「余病があるため健康状態は80歳以上」と判断し、手術の適応なしと診断されてしまいました。健康状態が80歳以上という判断は間違っていると抗議しましたが、義父は治療を受けることもなく、そのままこの世を去りました。

こういったことは、残念ながらスウェーデンでは普段から起きていることですが、この時期だからこそ治療をしてもらえるハードルがより高くなったと思います。カロリンスカ大学病院でICU治療を受けた新型コロナ患者は80%以上という高い確率で生存しているというのがニュースにもなりましたが、生存できる可能性の高い患者を選んでICUに入れているからこその数字でもあります。
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文=宮川絢子・久山葉子 (編集=石井節子)

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