「榮太樓總本鋪」の後継者はいかにして経営者の表現と感性を磨くのか #新しい師弟関係

自信作の書を手にする榮太樓總本鋪副社長の細田将己(右)と、日本雅藝倶楽部を主宰する川邊りえこ

新型コロナウイルスの影響で、人との物理的な距離感、コミュニケーションの仕方が変わるなか、「いかに人間関係を育むか」は、この先の大きな論点のひとつだろう。 4月25日発売のフォーブス ジャパン6月号では「新しい師弟関係」に焦点を当て、全55組の師弟を紹介。本誌掲載記事から一部抜粋でお届けする。


日本の財界人たちに、自らを錬成する場として支持されてきた日本雅藝倶楽部。美術家で書道家でもある川邊りえこが25年前に設立し、日本文化を総体的に心得る講座を展開している。創業200年の老舗企業を継ぐ細田将己もその門下生だ。「梅ぼ志飴」や「金鍔」で知られる日本橋の老舗菓子舗、榮太樓總本鋪の副社長を務める細田が、多忙の合間を縫って師のもとに通うのはなぜか。伝統を守り、次代に伝える師弟が見出だす感性の引き出し方とは──。

川邊:細田さんが2019年初めてここにいらしたとき筆で書かれた「金鍔(きんつば)」の文字を見て、この人はただ者ではないと確信しました。
 
細田:実は10年ほど前に店(榮太樓總本鋪)を全面リニューアルしたんです。そのとき、人の手で一つひとつ丁寧につくるうちのお菓子の良さを伝えるため、自ら号を筆で書かせていただきました。そんなこともあり、書をもう一度学びたいと思ったんです。ここは、僕にとってリフレッシュの場。無心で墨をすっている間に切り替われるんです。
 
川邊:老舗という歴史の重み、それを表現するためには、おしゃれとかデザイン性だけでは表せません。「残る字」でなければいけない。
 
細田:書のように、人の手でしか表せないものってあるんです。文字には人のキャラクターが出る。たとえば、日本橋の江戸菓子屋であるうちは、京都の菓子と比べると、力強くて男性的な印象。僕の字は、たまたま勢いがあり、太くどっしりする字だったので、それを生かしています。
 
川邊:ここにいらっしゃる方でも、真面目な方は私の字に似てしまうのです。ですので、基本、私はお手本をお渡しせず、皆様の個性を伸ばすお手伝いをしています。
 
細田:僕がひとりで書いていても、なんだか固まってきてしまうというか、面白くないんです。それを先生のところに持っていくと、絶妙に崩してくれる。
 
川邊:25年お稽古をしていて感じるのは、経営者の皆様にとっては、スピード感や時間がとても大切だということです。ですから経営者の方が作品を制作する場合、書であれば、はじめの一枚が肝要なのです。細田さんも、それまでロゴを朝の4時まで何百枚も書いていたとおっしゃっていて。それは一番やってはいけないパターンよ、と申し上げました。
 
細田:たしかにここに来て、一番元気のいい字は最初の1、2枚ですよね。
 
川邊:真面目な方はちょっと目を離すと20枚くらい書いてしまうのですが、大人のお稽古は数を書いてはいけないんです。「この字は横に長くて失敗したな。これは短いほうが良かったな」というように、どうしたいかという意図をもって書けば変われるのです。意図をもって数を少なく。特にロゴなどを書かれる場合は、最初の「気」が一番みなぎっているときがいいのです。私もロゴを頼まれると1日ひとつしか書きません。なぜなら、もっと上手く書こうとか欲が出てしまうからです。技術的には上手くなるのですが、魅力がなくなってしまうのです。

細田さんでしたら、誰が見ても「これは細田さんの字だな」とわかるようになるのが個性です。私は、細田さんしか書けない「細田イズム」をご指導させていただいております。
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文=谷本有香、写真=平岩享

この記事は 「Forbes JAPAN 6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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