マルチに挑戦する日本人書道家が「美」を見出す場所とは?

書家の岡西佑奈さん


──ビジネスや競争社会にいると、数字のプレッシャーや周囲からの視線に気を取られ、結果的に心の声を塞いでしまいがちです。どうすれば、そのように自分と向き合い続けられるでしょうか。何かスイッチのようなものはありますか?

見栄や名誉やプライドが、仕事や日常生活のうえで必要なこともあります。ただ、それらが行き過ぎてしまうこともある。私も、自分の作品が評価され、依頼が増えるなかで、本来の自分が何をしたかったのかわからなくなることがよくあります。そんなときは、「自分の魂が喜んでいるか。これが本当の自分の心の叫びか」という問いかけを、自分自身にするようにしています。

お酒を飲む時間が好きで、ひとりになったときに飲むと、力が入っている自分をちょっと緩め、本当に何をしたいか心の声を聞けるような感覚があります。これは失敗談ですが、ある日お酒を飲みすぎたとき、塞いでいた感情を発散したような感覚になり、翌朝、目覚めると部屋も自分も絵の具に塗れていたということがありました。そして、お酒を飲んだことで、自分の心が荒れていたことに気づかされました。

書道に使う墨にも浄化作用があると言われていますが、日本酒にも不思議な力がありますよね。二十代の頃から気を浄化するということを大切にしていて、作品の落款を押す日は吉日と決めていたり、月末は大掃除をすることにしたりしていました。大掃除では、特に玄関を綺麗にしますが、浄化の意味を込め、日本酒で扉を拭くようにしています。



──今後、海外で禅をテーマに個展を開かれる予定だと聞いていますが、どのように禅や東洋の魅力を世界に伝えていくのでしょうか。

私の作品のテーマは「調和」です。「真言」という作品にも、最後は「万物の調和」という言葉を入れています。

「自由」という言葉を1つとっても、禅的や仏教的には、万物の調和で共に生きていくことと考えるのですが、欧米では捉え方がちょっと違うように思います。私は海外でも、調和してみんなで共に生きていくことが最高な幸せであるということを伝えていきたいと思っています。

いま世界中で分断が起きていて、国と国、さらには国の中でも分断が起きている状態です。私たちの子孫が生きている時代に、頭の上をミサイルが飛び交うような世界をつくり出すのではなく、人類が心を1つにして未来に向けて守るべきことは何かということを、自分の作品では伝えていきたいです。

また、人が心を喪失しやすい時代になるぶん、逆に人の倫理観、精神力は高まるのかなと思っています。便利な世の中になっても、残っていくのは「愛すること」。いかに技術が発達しても、心の部分では科学は人間には勝てない。私は、書を通じて、世界の人々に心の部分を伝えていきたいと思っています。
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インタビュー=三宅紘一郎 校正=鈴木広大 撮影=藤井さおり

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