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AMIAYA

パリ、ミラノ、ニューヨーク、そして東京。ファッションウィークを彩る無数のストリートスナップに、ひときわ目を引くピンクのボブのふたり組を見かけたことのある人もいるだろう。漆黒のキャットアイメイクに光るクリスタルストーン。合わせ鏡のように見分けのつかないふたりのいる空間は、瞬時にパラレルワールドへ変わる。

AMIAYAはモデルとして、そしてファッションアイコンとして世界的な注目を浴びつつある。2018年に「MOSCHINO」と「H&M」コラボのグローバルキャンペーンに起用され、2019年にはブリティッシュ・ファッション・カウンシルが発表した「NEW WAVE: CREATIVES」において、もっともイノベーティブで刺激的な若手クリエイターの100組に選ばれた。

「小さな頃から、何かになりたいというより、AMIとAYAのふたりだけで成立するような……アイコニックな存在になりたかったんです」

「読モ」からつかんだ夢へと続く道


姉のAYAと妹のAMI。4人姉弟の長女次女として生まれたふたりは、小学校高学年の頃から地元、静岡県浜松市でファッションショーに出演するなど早くからモデルとしてキャリアをスタートさせていた。けれどもふたりは、地元を出なければ何もはじまらないと考えていたという。

「ここから上がるには……東京に行かなきゃチャンスをつかめないって、中学のときからずっと考えていました。地元の高校に進学することは決まっていたけど、やっぱりあきらめきれなくて。15歳のとき、オーディションを受けに東京へ行ったら、竹下通りでスカウトされたんです。それで、高校はすぐに辞めて、工場とかで働いてお金を貯めて、その夏に上京しました」(AMI)

芸能事務所に入り、レッスンやオーディションを受ける日々がはじまったものの、現実はそう甘くなかった。家族で唯一ふたりの決断を応援してくれた母親からの仕送りを切り詰めながら、テレビのエキストラの仕事がかろうじてもらえるかどうか。当座の資金はあっという間に尽きてしまった。ふたりはいったん地元に戻り、アルバイトでまたお金を貯めることにした。

次のチャンスが巡ってきたのは、17歳で再上京し、サロンモデルとして少しずつ撮影の経験を積んでいた矢先、ファッション誌の読者モデルとして起用されたことだ。

「他の子は大学生や専門学生ばかりで、お小遣い稼ぎ感覚だったけど、私たちにはこれしかなかった。だからストリートスナップでいちばん目立つように、存在感のあるスタイリングをふたりで考えていました」(AMI)

「当時はまだ『読モ』って世間からも業界からもあまりいいイメージではなくて、きちんとした職業としてとらえてもらえなかった。悔しかったんです。だから私たちは仕事として読者モデルという存在を確立して、誇りを持てるように、新しいカルチャーやスタイルを発信していこう、って。ふたりでその悔しさと向き合えたから、それを全部エネルギーにできたんだと思います」(AYA)


文=大矢幸世 写真=小田駿一 リタッチ=上住真司

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